スポンサーサイト
--.--.--.-- Posted in スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
横山八幡宮 例大祭 湯立託宣 陸中沿岸の神子舞
Mon.11.11.2013 Posted in 岩手県
0 comments 0 trackbacks
  平成25年9月16日(月)、岩手県宮古市横山八幡宮例大祭の湯立託宣行事、陸中沿岸の神子舞を探訪した。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0087
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0087 posted by (C)dankichi0423
(陸中沿岸の神子 地域では「イダッコさん」と呼ばれる)

  宮古市周辺を中心とする陸中沿岸では、近世から今日にかけて、神子(陸中沿岸では「イダッコさん」と呼ばれている)が宗教儀礼活動を行ってきた。法印や神楽衆と共に湯立託宣を行ったり、神子本人が、ねまり託宣、春祈祷、オシラサマ遊び、治療などの儀礼活動を行い、女性を中心とした地域生活において欠かせないものであった。
  かつて陸中沿岸では、多くの神子が活動していた。しかし、近年は高齢化と後継者難により存続が危ぶまれていたが、扇田フミ神子のもとで4年間修行を行った若い神子が平成21年に独り立ちし、現在に至る。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0116
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0116 posted by (C)dankichi0423
(陸中沿岸の神子 「オダイジ」を身に付ける)

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0052
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0052 posted by (C)dankichi0423
(陸中沿岸の神子 「千早」姿)

  神子は、儀礼活動においては、オダイジを身に付ける。オダイジとは、儀礼の祈りに常に身に付けているもので、修行が終わって一人前になる際に師匠から渡されるものであり、神子のアイデンティティの証しである。人々はこのオダイジに神様が降りてくると神子から聞かされているといい、そう信じられている。そして手には、穴開き銭や獣の角が付いた黒く大きい粒の数珠をとる。神子は儀礼の際には、白の着物を身に付け、緋色の袴を穿き、その上に、絹の緑色地に鳳凰を染めぬいた千早と呼ばれる上衣を着る。

horai0146
horai0146 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽「岩戸開き 新開き」昔の、陸中沿岸の神子の姿)

  しかし、近世の神子は、異なっていた。その神子の姿を残しているのは、黒森神楽の演目の中にある「岩戸開き」で、「新開き」と呼ばれているものである。「新開き」の中で、天鈿女命によって舞われているものが、祭礼の湯立託宣の後で行われる神子舞の姿を取り入れたものである。この舞における天鈿女命は、おかめ面をつけて、女物の着物を着て、その上から千早をつけ、両手に笹を持って舞うのである。これこそかつての神子の古風な姿なのである。
  例大祭当日は、台風が東北地方に接近しており、強い雨が降っていた。拝殿に向かうと、既に宮司、禰宜、神子、神楽衆、そして氏子総代や少なかったが地域女性数名が参集していた。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0015
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0015 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭「権現舞」)

  まず例大祭が執行された。玉串奉献など神事が行われ、次いで神楽衆により、横山八幡宮の権現様を舞わせる「権現舞」が舞われた。舞式通りに権現様が舞わされ、八幡宮の神様が降ろされた。拝礼の後、例大祭は滞りなく終了した。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0027
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0027 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 神楽衆による湯立の準備 釜の四方に湯立釜廻り幣が立てられ、注連を張る)

  すると拝殿中央に囲炉裏と釜が据えられ、湯を沸かす。神楽衆により釜の四方に湯立釜廻り幣が立てられ、周囲に注連を張る。釜の脇には剣者幣と水神幣を立てる。
  次いで湯立託宣が始まる。烏帽子に青い狩衣と袴姿の法印(宮司が行う)と、白い着物に緋色の袴を穿き、鳳凰を染めぬいた千早を着た神子が釜の前に並んで座り、後方には、胴取を中心に左右に鉦、笛を奏する神楽衆が控える。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0038
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0038 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣 「祓い詞」「大祓い詞」)

  まず法印が「祓い詞」「大祓い詞」を唱え、神子は数珠をもんで、「大祓い詞」の時は唱和する。神楽衆は「打ち鳴らし」の楽を奏し、「座揃いの歌」が唄われる。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0042
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0042 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣 法印は剣者幣を手に取って釜の前に立ち、「湯立のシキジョウ」をかける)

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0047
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0047 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣 法印は剣者幣の柄の方で湯釜の注連を切る)

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0054
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0054 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣 法印は笹で釜の湯を周囲に振りかける)

  そして湯立である。法印、神子は釜に向かって塩をまく。胴取が小刻みに太鼓を打ち、法印は「湯立祝詞」を唱える。神子はこの間数珠をもんでいる。法印は剣者幣を手に取って釜の前に立ち、「湯立のシキジョウ」をかける。法印が上の句をかけると、胴取り以下神楽衆が下の句を唱和する。「注連切るに・・・」のシキジョウをかけた時に、法印は、剣者幣の柄の方で湯釜の注連を切り、釜の湯をかきまわしながら「大道神祇の文」を唱える。法印は二束の笹を取り、釜の中の湯に浸して周囲に振りかける。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0065
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0065 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 神子は印契を結び、「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」と唱えて、刀印を結んで縦横に九字を切って、法印より笹を受け取る)

  そして神子による託宣である。湯立の終った法印と神子は、釜の前で向かい合う。神子は印契を結び、「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」と唱えて、刀印を結んで縦横に九字を切って、法印より笹を受け取る。この間に「神おろしの神歌」を唄われる。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0067
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0067 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 神子は両手に笹を持って立ち上がり、両手の笹を大きく開き、また閉じながら四方を拝し、舞となる)

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0074
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0074 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 神子は両手に笹を持って立ち上がり、両手の笹を大きく開き、順の方向にゆっくり廻り、左右の笹を足の運びに合わせるように振りながら廻る)

  神子は両手に笹を持って立ち上がり、両手の笹を大きく開き、また閉じながら四方を拝し、舞となる。順の方向にゆっくり廻り、左右の笹を足の運びに合わせるように振りながら廻る。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0075
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0075 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 「タカ神のシキジョウ」)

  神子は胴取の前に来ると、「ハイレーナー、シキなれば・・・」と、「タカ神のシキジョウ」をかける。胴取はシキジョウに応える。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0079
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0079 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 「タカ神の託宣」)

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0081
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0081 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 「タカ神の託宣」を聞き入る女性達)

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0082
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0082 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 「タカ神の託宣」を熱心に書き取る女性)

  「タカ神のシキジョウ」が終わると、神子は笹を前方顔の前に持ち、右足を一歩前に出して胴取の方を向き、「タカ神の託宣」がある。「タカ神」とは、天照大神をさす。神子の「託宣」に対して、胴取は「エーヘド」という聞きあわせ役となる。神子は「オーンナカナカ・・・」と託宣を述べ始めると、女性たちは固唾を飲んで、聞き漏らすまいと聞き取る。ある女性は、聞き取った託宣を熱心に書き取られていた。
  「タカ神の託宣」が終わると、神歌が入って、続いて神子と胴取による「トコロ神のシキジョウ」がかけられる。
  「トコロ神のシキジョウ」が終わると、「トコロ神の託宣」がかけられる。「トコロ神」は横山八幡宮の祭神による託宣である。神子の「託宣」に対して、胴取は「エーヘド」という聞きあわせ役となる。神子は「オーンナカナカ・・・」と託宣を述べ始めると、女性たちは再び固唾を飲んで、聞き漏らすまいと聞き取る。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0092
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0092 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 「笹の舞」)

  「トコロ神の託宣」が終わると、神子と胴取により「神送りの歌」が唱えられ、神子は、笹を手に持って「笹の舞」を舞う。 

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0095
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0095 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 「水神の舞」)

  次は「水神の舞」で、笹の枝に四垂をつけた水神幣を右手に持ち、「水神舞のシキジョウ」をかけながら舞う。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0105
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0105 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 「扇の舞」)

  次は「扇の舞」である。扇田フミ神子の母の代に、神楽衆より習得された舞である。扇田家系統のみの舞である。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0108
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0108 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 「九字の手」)

  次は「わが法」、「九字の手」。「九字の手」では、刀印を胴取に向かって投げつけるように振りおろし、胴取はこれを撥で受ける。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0112
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0112 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 湯立託宣・神子舞 「獅子や牡丹」)

    次は「獅子や牡丹」である。神子は着ていた千早を脱いで、三足を踏んでから、千早を捧げるように舞い廻る。この千早をまるめて持った形が権現獅子舞に似ていることから、この舞を「権現の手」という。
  最後は「舞いくだり」で舞い納めとなる。この時神楽衆は「打ち鳴らし」として神送りの歌が唄われる。

DSC_yokoyamayutatemikotakusen0119
DSC_yokoyamayutatemikotakusen0119 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮例大祭 氏子参詣者に頒布される日見(地元ではヒイミ)と呼ばれる 各自持ち帰り家々で守られる)

  神子による託宣は、神職により記録され、横山八幡宮より頒布される。
  神子による湯立託宣は、集落全体の出来事から、天候、漁や農作の出来、個人の出来事まで、託宣される。これらの託宣は、女性が聞き取り、家々で信じられてきた。時代が変わっても、女性を中心と信仰は何とか守られている事は大変すばらしいことだと感じた。



※参考文献 「神子と修験の宗教民俗学的研究」 神田より子 著 岩田書院
※この度の写真撮影、掲載に当たり、横山八幡宮の特別な許可を得て掲載いたしました。また、横山八幡宮宮司花坂直行様には、大変お世話になりました。この場を借りて篤く御礼申し上げます。



  

  
スポンサーサイト
横山八幡宮 宵宮祭 黒森神楽 奉納
Thu.26.09.2013 Posted in 岩手県
0 comments 0 trackbacks
  平成25年9月14日(土)日が沈んだ頃、横山八幡宮宵宮祭で奉納される、黒森神楽の探訪を行った。
  黒森神楽は、岩手県宮古市山口の黒森山中腹にある黒森神社(古くは黒森大権現社と呼ばれる神仏習合の霊山であった。)に依拠する神楽である。
  黒森神楽は、正月になると黒森神社の神霊を移した「権現様」(獅子頭)を携えて、黒森神社から「舞立ち」を行い、陸中地方沿岸の集落を廻り、家々の庭先で権現舞を舞って悪魔祓いや火伏祈祷を行う。夜は宿と呼ばれる、地域の有力者の屋敷で神楽幕を張り、夜神楽を演じて、五穀豊穣・大漁成就・商売繁盛などの祈願舞によって人々を楽しませて祝福をもたらしているのである。
  この巡行は、旧盛岡藩の沿岸部を、北は宮古市山口から久慈市までの「北廻り」と釜石市までの「南廻り」を隔年で廻村し、近世からその範囲は変わっていない。現代に至るまで、これだけ長期で広範囲に巡行を行う神楽は全国的にも珍しい、貴重な生きた信仰の拠り所である。
  黒森神楽は、初めに書いたように、宮古市黒森の黒森神社の権現様を奉じた神楽であるが、それを担う神楽衆は、宮古市、宮古市田老、岩泉町、大槌町などそれぞれの地域で芸能を担う者が、胴取によって選抜された、精鋭たちである。

  黒森神楽南廻り巡行宿 釜石根浜宝来館

  3月に神上げを行った黒森神楽は、その後、7月の黒森神社例大祭をはじめ、各地の神社例大祭にて神楽を奉納されるのである。
  横山八幡宮は、岩手県宮古市鎮座し、白鳳9年(680年)創建と伝えられる。また「宮古」の地名の由来としても知られる、歴史あり、多くの市民の尊崇を集めるお社である。当社の例大祭は、9月14日 宵宮祭 9月15日 神幸祭(並びに海上渡御祭) 9月16日 例大祭(並びに湯立神事、神子托宣)と、江戸時代より今日まで定められ執行されている。
  9月14日の宵宮祭において、黒森神楽が、四番から五番奉納される。
  また、今回はその機会を得なかったが、海上渡御祭において、船上にて漁業者の信仰の篤い恵比寿舞が奉納される。御祭神が神幸され、海上渡御を行い、恵比寿舞が奉納される=彼方より神様がやって来られるという意味づけである。陸中沿岸では、海上渡御を行うおまつりが多い。漁業者の切実な願いの現れであろうか。
  宵宮祭の日の参道及び境内には、多くの灯提灯が灯され、大変美しい。灯提灯の美しい石段を登り参拝を行い、社務所の向かいにある、神楽が奉納される参集殿へと向かった。すると、神楽衆が集まりだし、ご挨拶に伺ったら、「一緒に飯を喰おう!」と、特別にご一緒させて頂いた。皆様とは2月の南廻り以来だが、覚えて下さっていた。食事の時印象的だったのは、或る若い神楽衆が、食後に自分の御膳を全て、台所へと持って行かれたのである。食事に感謝をされる姿勢と、日々の生活から神楽人として生きておられる姿勢に感銘を受けた。

DSC_yokoyamayoi0001
DSC_yokoyamayoi0001 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮宵宮祭 神楽衆が幣を切る)

DSC_yokoyamayoi0003
DSC_yokoyamayoi0003 posted by (C)dankichi0423
(横山八幡宮宵宮祭 拝殿での神事)

  食事を終えると、いよいよ神楽の用意にかかる。「奉納横山八幡宮」と書かれた、宝船と恵比寿大黒の描かれた吉兆の神楽幕を掛ける。そして御幣、山の海幣など神楽の祭具を準備し、神楽の準備が整ったところで、神楽衆が寄せ太鼓で、石段を登り、拝殿へと向かう。拝殿では宵宮祭の神事が行われる。
  宵宮祭では「榊葉」「松迎」「山の神舞」「恵比寿舞」の役舞四番が舞われた。

DSC_yokoyamayoi0005
DSC_yokoyamayoi0005 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「榊葉」)

DSC_yokoyamayoi0021
DSC_yokoyamayoi0021 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「榊葉」)

DSC_yokoyamayoi0023
DSC_yokoyamayoi0023 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「榊葉」)

DSC_yokoyamayoi0027
DSC_yokoyamayoi0027 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「榊葉」)

  「榊葉」は、激しい跳躍と回転により、この地に祝福を祝いこめる舞である。また、黒森神楽の基本の舞とされ、若手の登竜門である。この日は、この夏から舞い始めたという高校生が舞っていたが、大変美しく素晴らしい舞であった。

DSC_yokoyamayoi0052
DSC_yokoyamayoi0052 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「松迎」)

DSC_yokoyamayoi0057
DSC_yokoyamayoi0057 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「松迎」)

DSC_yokoyamayoi0074
DSC_yokoyamayoi0074 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「松迎」)

  「松迎」は、千秋・万歳の兄弟が門松を立てて新年を寿ぎ、天下泰平を祈願する二人舞である。この日は、神楽衆での中堅の師匠と若い弟子の舞上手による、二人の呼吸が合った大変美しい舞であった。

DSC_yokoyamayoi0085
DSC_yokoyamayoi0085 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「山の神舞」)

DSC_yokoyamayoi0116
DSC_yokoyamayoi0116 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「山の神舞」)

DSC_yokoyamayoi0124
DSC_yokoyamayoi0124 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「山の神舞」)

DSC_yokoyamayoi0129
DSC_yokoyamayoi0129 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「山の神舞」)

  「山の神舞」は、山仕事や農耕を守護するだけでなく漁業者からも篤く信仰される、黒森神楽でも重要な舞である。山の神は、「十二人の子を持つ」と山の神の本地が神歌に歌われ、黒森神楽では「女神」とされる。その赤くて食いしばった面の形相は、お産でいきんだ様子であるとされ、女性からのお産の信仰も篤い。この日は中堅の舞上手の神楽衆が、躍動感あふれる舞を見せて下さった。
  「山の神舞」が終わると、中入りとなり、花ぶれが行われる。この日も、市内外、多くの観客が黒森神楽を見物しに集まられていた。

DSC_yokoyamayoi0139
DSC_yokoyamayoi0139 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「恵比寿舞」)

DSC_yokoyamayoi0142
DSC_yokoyamayoi0142 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「恵比寿舞」)

DSC_yokoyamayoi0160
DSC_yokoyamayoi0160 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「恵比寿舞」)

DSC_yokoyamayoi0163
DSC_yokoyamayoi0163 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「恵比寿舞」)

DSC_yokoyamayoi0168
DSC_yokoyamayoi0168 posted by (C)dankichi0423 (黒森神楽 「恵比寿舞」)

DSC_yokoyamayoi0170
DSC_yokoyamayoi0170 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「恵比寿舞」)

DSC_yokoyamayoi0174
DSC_yokoyamayoi0174 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽 「恵比寿舞」)

  最後は、「恵比寿舞」。釣竿を持った恵比寿様が釣り糸を手繰り餌をつけ、赤い鯛を釣り上げる。鯛に止めを刺すなど、その技巧の数々に観客を笑わせて下さる。大漁祈願と海上安全の舞とされ、陸中沿岸では欠かすことのできない舞である。ベテランの神楽衆が、軽妙な舞振りで私達を笑わせ楽しませて下さった。
  最後幕が上がったのは、夜も遅い時間であったが、時を忘れさせてくれた。
  例大祭での神楽奉納は、初めてであったが、役舞を中心に舞われることから、娯楽もさることながら、信仰への要求に応えているのだろう。そう感じた。改めて、黒森神楽への地域住民の信仰の深さを感じることができ、八幡宮を後にした。



※この度の写真撮影、掲載に当たり、横山八幡宮、黒森神楽保存会の許可を得て掲載いたしました。また、横山八幡宮宮司花坂直行様、黒森神楽保存会神楽衆代表松本文雄様はじめ神楽衆ご一同様には、大変お世話になりました。この場を借りて篤く御礼申し上げます。

  
雁舞道七福神 山車再建 支援のお願い
Mon.25.03.2013 Posted in 岩手県
0 comments 0 trackbacks
雁舞道七福神

 岩手県上閉伊郡大槌町 雁舞道七福神の山車購入にご支援を!
 東日本大震災の津波で、雁舞道地区では山車が流されました。また会員の家族や地域の住民の方々が犠牲になられました。幸い衣装が助かり昨年のおまつりから参加しております。しかし雁舞道地区は津波の危険地域となり、住めなくなるそうです。そういう状況の中、地区にとっては、七福神が絆の源です。山車の再建にご支援宜しくお願い致します。
黒森神楽南回り巡行宿 釜石市鵜住居町根浜宝来館
Wed.20.03.2013 Posted in 岩手県
0 comments 0 trackbacks
  平成25年2月9日(土)、10日(日)岩手県釜石市鵜住居町根浜にある旅館宝来館で行われた、黒森神楽南回り巡行宿の様子を探訪した。
  黒森神楽は、岩手県宮古市山口の黒森山中腹にある黒森神社(古くは黒森大権現社と呼ばれる神仏習合の霊山であった。)に依拠する神楽である。黒森山では、古くは8世紀(奈良時代)に密教法具が出土しており、古代から信仰拠点であったことが窺える。また権現様は、古くは建武元年(1334)南北朝期と推定されるものをはじめ、20頭もの「隠居さま」が残されており、歴代の為政者により手厚く保護されてきたことが分かる。また黒森山自体が、宮古湾を航海する漁業者などのあて山(目印)となったことから陸中沿岸の漁業・交易者を守護する山として深い信仰を集めていた。

horai0089
horai0089 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽権現様)

  黒森神楽は、正月になると黒森神社の神霊を移した「権現様」(獅子頭)を携えて、黒森神社から「舞立ち」を行い、陸中地方沿岸の集落を廻り、家々の庭先で権現舞を舞って悪魔祓いや火伏祈祷を行う。夜は宿と呼ばれる、地域の有力者の屋敷で神楽幕を張り、夜神楽を演じて、五穀豊穣・大漁成就・商売繁盛などの祈願舞によって人々を楽しませて祝福をもたらしているのである。
  この巡行は、旧盛岡藩の沿岸部を、北は宮古市山口から久慈市までの「北廻り」と釜石市までの「南廻り」を隔年で廻村し、近世からその範囲は変わっていない。現代に至るまで、これだけ長期で広範囲に巡行を行う神楽は全国的にも珍しい、貴重な生きた信仰の拠り所である。
  黒森神楽は、初めに書いたように、宮古市黒森の黒森神社の権現様を奉じた神楽であるが、それを担う神楽衆は、宮古市、宮古市田老、岩泉町、大槌町などそれぞれの地域で芸能を担う者が、胴取によって選抜された、精鋭たちである。
  黒森神楽は、平成23年3月11日の東日本大震災に直面した、神楽衆で家や仕事場、道具類が流された方がいらっしゃったが、幸い神楽衆全員は無事であった。また、震災翌週が黒森神社へ神上げであったが、権現様始め、道具は高台にあり、無事であった。(神楽衆は口々に「権現様のおかげだ」と言われている。)震災以降、神楽衆は、巡行先では、必ず震災の犠牲者のご供養のために神楽念仏を行っている。

horai0003
horai0003 posted by (C)dankichi0423
(旅館宝来館 震災の時は2階まで津波が押し寄せたという)

宝来館ホームページ

  さて、平成25年は南廻りの巡行であり、旅館宝来館は、平成17年から神楽宿を引き受けていらっしゃる。東日本大震災の時も、震災2週間前に黒森神楽の宿を行っていらっしゃったが、津波で大きな被害を受けられた。かつての三陸津波ではその高さまで来なかったため、旅館が避難場所となっていたが、今回の震災では、旅館の2階まで津波は押し寄せたのである。幸い女将さんや従業員の皆様の機転で切り抜けられた(女将さんは、近所の方々をその瞬間まで避難誘導されており、一瞬津波に呑まれたものの、間一髪助かった。)が、周辺地域は大きな被害を受けられた。私は、宝来館に津波が押し寄せる瞬間の映像を見ており、そのすさまじさに、いまだに頭から離れない。その後、女将さんが先頭となり、避難所として、生活支援に奔走され、その年の12月には、旅館として再始動されたのである。そして、平成25年2月、2年ぶりに震災後初めて、黒森神楽の巡行宿となったのである。なお、今回の神楽巡行には「いわて民俗観光プロジェクト」主催による「いわて民俗芸能フォーラム」として、広く皆様に神楽宿を体験してほしいという趣旨で行われたことも附記しておきたい。
  釜石駅で、主催者の一人、阿部武司さん達と合流し、宝来館まで同乗させて頂いた。途中通った鵜住居町は、特に被害が大きく、言葉が出なかった。やがて、松林が見えてきた。根浜海岸である。そして宝来館に到着した。
  宝来館には、既に、黒森神楽衆も到着しており、阿部さんを通じて、皆様とご挨拶させて頂いた。そして、女将さんや従業員の皆様、地元の産直を販売されている皆様にもご挨拶した。後にも何度も書くが、女将さんは本当に心配り下さる、優しく暖かい方で、従業員の皆様も隅々まで心を配ってくださり、ありがたかった。

horai0008
horai0008 posted by (C)dankichi0423
(榊弊や紙垂等の支度をする神楽衆)

horai0013
horai0013 posted by (C)dankichi0423
(シットギ団子を作る若い神楽衆)

  さて、宿の1階にある大広間で神楽が行われる。神楽幕が張られて、神楽衆が準備を始めていた。幕の後ろでは、神楽衆3人が、「清祓」につかわれる桃の枝に紙垂をつけ、「山の神」などで使われる榊弊を作り、神楽幕に付ける紙垂を作られていた。一方、厨房では、一番若い神楽衆が、権現様にお供えする「シットギ団子」が作られていた。「初めてだから、どれくらいの按配かなかなか分からなくて・・・。」と戸惑い気味だったが、なんとか団子を練り上げた。

horai0017
horai0017 posted by (C)dankichi0423
(根浜海岸での「神楽念仏」)

horai0016
horai0016 posted by (C)dankichi0423
(根浜海岸での「神楽念仏」)

  準備が整うと、神楽衆の一部は着物に着替え、権現様を奉じ、笛・太鼓・手平鉦で拍子を「寄せ太鼓」を打ち鳴らし、道行きした。そして。海岸に下り、「神楽念仏」を始めた。「神楽念仏」は、「墓獅子」などとともに、死者供養、先祖供養を行うのである。根浜海岸のある大槌湾でも多くの犠牲者が出た。「神楽念仏」により供養が行われた。海を見ると大変な被害をもたらしたのが不思議なくらい静かであった。「昔はもっと砂浜があったが、地盤沈下で、殆ど無くなってしまった。」地元のお爺さんの言葉がつらかった。
  「神楽念仏」が終わると、権現様を玄関にお休みいただいた。通常の巡行の場合、宿に入るまでの間、集落を廻り、祈祷を行っているのである。それで宿に入ると一旦玄関でお休みいただくのである。

horai0033
horai0033 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」の準備をする神楽衆)

horai0029
horai0029 posted by (C)dankichi0423
(夜神楽で使用する面を吊り下げる)

  神楽衆は、シットギ舞いこみの準備のため、着替えを始める。たすきがけなどは、若い神楽衆は先輩に助けてもらっている。その脇では、別の神楽衆が、夜神楽で使う面を紐に吊り下げていた。「こうやるのですか?」「そうです」裏側というものは普段見せて頂くことができないため、大変貴重であり、勉強になる。  

horai0038
horai0038 posted by (C)dankichi0423
(「道化」の神楽衆ひとときの一服)

  外では、いち早く着替えられていた「道化」の神楽衆がいたので、談笑していた。「面をつけなくても舞いこみできますね(笑)」「なにを言う(笑)俺の方がかっこいい。お前さんが似とる。ほれもっとけ。」と「道化」の面を渡され、自分は悠然と煙草を吸い始められた。

horai0047
horai0047 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」七つ物の拍子で舞う)

horai0055
horai0055 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」権現様と共に)

horai0056
horai0056 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」見物人にオマブリとしてシットギを塗る)

horai0074
horai0074 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」権現様の舞)

horai0081
horai0081 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」宿の火伏せ)

horai0085
horai0085 posted by (C)dankichi0423
(権現様を宿に安置し、神楽衆一同が拝礼する)

  「お!皆来たか。ほれ、面こさかえせ。」いよいよ神楽衆が揃い、「寄せ太鼓」が打ち鳴らされ「シットギ舞い込み」が始まった。「シットギ舞い込み」は、権現様が宿に入る時に必ず行われる儀礼である。さっきシットギ団子を作った残り汁の入ったボール(本来は臼)を中央に安置し、そこで、杵や太刀を持った6人の舞手とすりこぎをもった1人の道化の7人で、七つ物を舞う。余談であるが、岩泉町小本に伝わる「中野七頭舞」は、このシットギ舞い込みから始まったとされる。軽快な拍子に、舞い手は掛け声を上げなから、軽妙に舞う。やがて、権現様のオマブリ(お守り)として、見物人の額や顔に付けてまわる。一通りまわったら、ショシャ舞をして、権現様を奉じ、そして権現様を舞わせる。その間に一人の神楽衆が割木に火をつけて地面に置く。権現様が舞を舞い終えたら、最後にその火を踏み、火伏の祈祷をして、宿に入り、権現様を安置する。宿に安置した権現様にシットギ団子を供え、黒森神社の五王法印と木札を中心に据える。そして、神楽衆一同が拝礼する。これで、舞い込みがおわるのである。

horai0086
horai0086 posted by (C)dankichi0423
(宿主の女将さんが権現様に拝礼する)

horai0088
horai0088 posted by (C)dankichi0423
(見物人が権現様に拝礼する)

  安置された権現様に、まずは宿主である女将さんが拝礼する。その後は、めいめいが権現様に拝礼を行う。黒森神楽が巡行する地域では、必ず席に付く前に、権現様に拝礼を行うのだ。権現様への信仰の篤さを感じる。私も、権現様に拝礼を行った。
  シットギ舞い込みが終わって、夜神楽まで時間があった。シットギ舞い込みの頃から、見物人が増えてきた。玄関では、産直品やおにぎりの販売、甘酒やひっつみのふるまいが行われていた。女将さんは、見物人に「どうぞ、どうぞ」と甘酒を配り歩いたり、神楽衆の夕食へのご案内をしたり、お客様のお話のお付き合いをされたり、本当に心配りのあるおもてなしをして下さっていた。

horai0090
horai0090 posted by (C)dankichi0423
(「打ち鳴らし」)

  午後6時、夜神楽の始まりである。神楽衆が座揃いし、まずは「打ち鳴らし」からはじまった。神座を設けて神々を招く神おろしの歌やかぐらの由来をうたい、神楽を始めるとき必ず行われる。 
  黒森神楽は、「打ち鳴らし」にはじまり、必ず舞わなければいけない祈祷的要素の強い「役舞」と岩戸系と御神楽系が中心となる。そして狂言をはさんだ後「山の神舞」で中入りとなり、「恵比寿舞」で幕を上げる。

horai0097
horai0097 posted by (C)dankichi0423
(「清祓」)

  「清祓」役舞である。伊弉諾の尊が桃の枝を持ち、清め祓う舞である。桃の木は邪気を祓う呪力を持つ木とされる。

horai0116
horai0116 posted by (C)dankichi0423
(「榊葉」繰り返される回転)

horai0120
horai0120 posted by (C)dankichi0423
(「榊葉」ダイナミックな跳躍)

horai0128
horai0128 posted by (C)dankichi0423
(「榊葉」御神酒を胴取りにふるまう)

  「榊葉」役舞である。直面で鳥兜をかぶり、女物の襦袢に脱ぎたれで襷をかけ、榊弊、錫杖、扇を持って舞う。祓い清めと祝福が込められた祈祷舞である。回転や激しい跳躍を伴う、黒森神楽の基礎の舞である。基礎の舞といっても、繰り返される回転やダイナミックな跳躍は、見る者の目を見張らせる。今日も、神楽衆の若手がつとめたが大変立派な舞であった。最後、大きな漆の片口に御神酒が注がれ、権現様に拝礼し、清めた後、自らが飲み、そして胴取り、宿主の女将さん、また見物人にもふるまわれた。

horai0145
horai0145 posted by (C)dankichi0423
(「岩戸開」新開き 天鈿女命が笹を採り舞う)

horai0148
horai0148 posted by (C)dankichi0423
(「岩戸開」新開き 天鈿女命が印を結ぶ 陸中沿岸地方の御子舞の影響)

horai0152
horai0152 posted by (C)dankichi0423
(「岩戸開」新開き 岩戸が開く)

  「岩戸開」新開きと言われる舞で、手力雄命、布刀玉命、天津児屋根命、天鈿女命が集まり、天鈿女命が笹を持って舞う。ここで興味深いのが、天鈿女命が印を結ぶのである。これは、陸中沿岸地方の御子舞の要素が入っているのである。やがて岩戸が開き、天照大神が現れる。そして神々により御祝いがあげられるのである。

horai0168
horai0168 posted by (C)dankichi0423
(「大蛇退治」素戔嗚命に酒を呑まされる八岐大蛇)

horai0173
horai0173 posted by (C)dankichi0423
(「大蛇退治」素戔嗚命と八岐大蛇の攻防)

horai0182
horai0182 posted by (C)dankichi0423
(「大蛇退治」座敷に乱入し、子供にちょっかいを入れる八岐大蛇)

horai0185
horai0185 posted by (C)dankichi0423
(「大蛇退治」艶っぽい八岐大蛇)

horai0188
horai0188 posted by (C)dankichi0423
(「大蛇退治」八岐大蛇を退治した素戔嗚命は叢雲の剣を見つける)

  「大蛇退治」素戔嗚命の八岐大蛇退治伝説をわかりやすくしたものである。素戔嗚命は八岐大蛇に酒を呑ませ、大蛇はしたたかに眠る。命が退治せんとすると、大蛇は座布団を投げるわ、物を投げるわの抵抗を試みる。時には櫛田姫にちょっかいをだしたりする。果ては客席に乱入し、赤ちゃんを抱きあげるわ、子供を抱き上げるわ、お菓子を投げてくれるわ、最後は肌もあらわに艶っぽい体を披露してくれる。八岐大蛇、その暴れっぷりが大笑いを誘い、地元では結構な人気者である。しかし最後は大人しく(?)素戔嗚命に退治される。大蛇の首をとり叢雲剣を見つけ、天照大神に献上する。そして足那槌、手那槌の娘櫛田姫と結婚するのである。

horai0203
horai0203 posted by (C)dankichi0423
(「松迎」千秋、万歳の兄弟による息の合った舞)

horai0208
horai0208 posted by (C)dankichi0423
(「松迎」早い拍子で躍動感あふれる舞)

  「松迎」役舞である。千秋、万歳の兄弟が正月の門松を立てて新年を祝う舞である。この「松迎」扇を手に採り、流れるような、柔らかな舞で、二人息が合ったところが美しい。また、面をとった後半は、さらに早い拍子で躍動感あふれる舞を舞うのも美しかった。

horai0217
horai0217 posted by (C)dankichi0423
(「山の神」手印による祈祷色が強い舞)

horai0221
horai0221 posted by (C)dankichi0423
(「山の神」最も大切な祈祷舞)

horai0231
horai0231 posted by (C)dankichi0423
(「山の神」ダイナミックな跳躍)

  「山の神」役舞である。黒森神楽にとって最も大切な祈祷舞で、必ず演じられなければならない。山林、狩猟、農耕や漁業の神でもある。12人の子を持ったという山の神の本地が語られる前半は、反閇、手印や刀など、修験的要素の強い、赤いいきんだお顔の面による舞から、直面での激しい跳躍と回転の舞が見所である。最後、榊場と同じく、大きな漆の片口に御神酒が注がれ、権現様に拝礼し、清めた後、自らが飲み、そして胴取り、宿主の女将さん、また見物人にもふるまわれた。

horai0239
horai0239 posted by (C)dankichi0423
(お中入り 花ぶれが行われる)

  ここで、お中入りとなり、花ぶれがおこなわれて、場の雰囲気は「ほっ」と和やかになった。この時、次の演目が気にかかった。というのも、阿部さんから、「今日は宝来館の女将さんらしい演目構成になるから。」と言われていたからだ。確かに中入りまでは、見ごたえのある演目であったし、女将さんも、見物人に甘酒をおすすめしたり、いそいそと、立ち振る舞いつつも、時々、にこにこと神楽をご覧になられていたからだ。「中入り後も楽しみにして!」という阿部さんの言葉に、期待を膨らませた。

horai0248
horai0248 posted by (C)dankichi0423
(「恵比寿舞」恵比寿様の登場で見物人は喜ぶ)

horai0255
horai0255 posted by (C)dankichi0423
(「恵比寿舞」鯛がくいつくも中々釣れない)

horai0258
horai0258 posted by (C)dankichi0423
(「恵比寿舞」鯛が釣れて目出度い恵比寿様)

  「恵比寿舞」大漁祈願と航海安全を祈願した舞で、陸中沿岸地方では欠かすことのできない舞である。福々しい恵比寿様が、釣り竿をもって、扇を採り一差し舞った後、いよいよ、釣り糸を手繰り、釣針を付け、餌を付ける。途中指を刺して「痛!」という仕草が細かくて面白い。恵比寿様の所作一つ一つに、見物人から笑いがでる。そしていよいよ海へ投げた。ここで、おかみさんが鯛を持って「ここだよー。」と誘いをかける。恵比寿様は釣ろうとするが、逃げられる。ここでも笑いがでる。もう一度投げた、そしてかかった!恵比寿様こんどは逃さじと必死で引っ張る。女将さんも鯛を巧みに操って必死で逃げる様を演じる。見物人も固唾をのむ。釣った!恵比寿様は釣った鯛をすぐにしめる。しかし、その時の鯛のはねる動きが、何ともうまい。しめてしめて、鯛はぴく、ぴくやがてしめられる。見物人から拍手が沸いた。そこで、恵比寿様が「大黒さん、大黒さん」と呼んだ。え?知らない演目だなあ。ここで演題幕が変わった。

horai0261
horai0261 posted by (C)dankichi0423
(「七福神」恵比寿様に呼ばれて、ほかの神様を呼びに行くことになった大黒天様)

horai0265
horai0265 posted by (C)dankichi0423
(「七福神」七柱の神様が一献酌み交わす)

horai0267
horai0267 posted by (C)dankichi0423
(「七福神」宴でひと差し舞う恵比寿様)

horai0274
horai0274 posted by (C)dankichi0423
(「七福神」宴で真室川音頭を躍る弁財天様 実は神楽衆の長老です)

horai0276
horai0276 posted by (C)dankichi0423
(「七福神」大黒天様より大袋と打出の小槌という「福」を授かる宿主の女将さん)

  「七福神」役舞である。恵比寿様は大黒天を呼ばれると、「今日は宝来館に来たから、ほかの神様を呼んで下さい。」と頼む。「恵比寿さんの頼みなら。」と大黒天は、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の神々を呼ばれる。そして、それぞれにお酒を酌み交わし、宴となる。それぞれの神様は踊りを披露する。見物人も一緒に手拍子を打つ。弁財天さんは、真室川音頭を踊りだすと、もうなんだか幸せな心地である。七福神に福々しく、祝福を頂いた。女将さんも嬉しそうである。最後大黒天さんが踊った後、大きな袋と打ち出の小槌を、宿主の女将さんに授けた。大きな拍手が上がった。七福神さんの祝福は、旅館宝来館様に対してだけでなく、地域の皆様、そして私達にも分けてくださったのか。本当に女将さんの心配りに感謝したと同時に、七福神を演じてほしかった女将さんの気持ちが分かったような気がした。七福神が終わり、これで幕上げとなった。
  翌朝からは、昼神楽が行われた。「打ち鳴らし」「二人岩戸開」「岩長姫」「狂言鍛冶屋」「山の神」「恵比寿舞」「節分」を、見物人として堪能した。

horai0284
horai0284 posted by (C)dankichi0423
(「舞い立ち」権現様を舞わせる神楽衆)

horai0287
horai0287 posted by (C)dankichi0423
(「舞い立ち」権現様の身固めを受けられる女将さん)

horai0288
horai0288 posted by (C)dankichi0423
(「舞い立ち」権現様の身固めを受けられ、手を合わせるおばあさま)

  そして、神楽衆が宿から立つ「舞い立ち」となった。ショシャ舞の後権現様を舞わせ、そして厨房、宝来館の守り神である観音様を祈った後、宿主の女将さん、そして見物人一人一人に「見固め」をして、舞い立ちとなった。

horai0293
horai0293 posted by (C)dankichi0423
(舞い立ちの後で 神楽衆と宝来館の女将さん、従業員、地元の皆様で)

horai0294
horai0294 posted by (C)dankichi0423
(宝来館の女将さん岩崎昭子さん 女将さんの力強さと明るさ、心配りに励まされました 感謝)

  宝来館様での巡行では、黒森神楽衆の鎮魂への思いと、多くの方々を元気づけようという心意気、そして宝来館の女将さんや従業員ご一同様の心尽くしには、本当に励まされた。再来年の南廻りでは宝来館の宿の時は是非行きたいし、これからも黒森神楽を見守っていきたいと思った。



※この度の写真掲載に当たり、黒森神楽保存会の許可を得て掲載いたしました。また、同保存会神楽衆代表松本文雄様はじめ神楽衆ご一同様、宮古市教育委員会 假屋雄一郎様には、大変お世話になりました。また阿部武司様、いわて民俗観光プロジェクト寺井良夫様には、会場内外でご援助賜り大変助かりました。最後に宿主の旅館宝来館女将岩崎昭子様そして従業員ご一同様、笑顔を絶やさぬ御心尽くしに大変感謝感動いたしております。この場を借りて篤く御礼申し上げます。
    
駒形神社例大祭奉納 早池峰嶽流石鳩岡神楽
Sat.01.12.2012 Posted in 岩手県
0 comments 0 trackbacks
  平成24年9月11日(火)岩手県花巻市東和町南川目駒形にある駒形神社例大祭と、早池峰嶽流石鳩岡神楽を探訪した。

DSC_2012komagata0001
DSC_2012komagata0001 posted by (C)dankichi0423
(志郎師匠宅の駒形神社の権現様)

DSC_2012komagata0002
DSC_2012komagata0002 posted by (C)dankichi0423
(駒形神社の権現様に祈りを捧げる志郎師匠)

  朝9時、座中の長老、千葉志郎師匠のお宅を訪問した。駒形神社の権現様は、現在志郎師匠のお宅で安置されている。各地の奉納の際には、志郎師匠宅から、権現様をお迎えして向かうのである。今朝も、志郎師匠宅から権現様をお迎えし、駒形神社へ向かった。出発の際、志郎師匠は権現様に深く拝礼をした。権現様は、神楽の、地域の信仰の根本であることを改めて感じた。

DSC_2012komagata0009
DSC_2012komagata0009 posted by (C)dankichi0423
(駒形神社例大祭 神おろし)

  駒形神社では、駒形神社の権現様、隠居の権現様そして佐々木家にあるかつての駒形神楽の権現様を安置し、神楽座中による神おろし、宮司祝詞。玉串奉献により、例大祭が執行された。

DSC_2012komagata0012
DSC_2012komagata0012 posted by (C)dankichi0423
(「お通り」ご神体を乗せたトラック)

  例大祭が終わると、ご神体、松、太鼓がトラックに積まれて、ご神体が南川目、石鳩岡集落へ下りられる「お通り」である。「お通り」には、宮司、祭典役員、神楽座中が一緒に廻る。

DSC_2012komagata0014
DSC_2012komagata0014 posted by (C)dankichi0423
(「お通り」地域の方々がもてなしてくださる)

DSC_2012komagata0016
DSC_2012komagata0016 posted by (C)dankichi0423
(「お通り」敬虔に祈りを捧げる)

DSC_2012komagata0024
DSC_2012komagata0024 posted by (C)dankichi0423
(「お通り」敬虔に祈りを捧げる)

DSC_2012komagata0025
DSC_2012komagata0025 posted by (C)dankichi0423
(「お通り」地域の方々がもてなしてくださる)

  「お通り」では、集落を廻り、家々で迎えられると、宮司が四方を祓い、家人の人々はご神体を拝む。家々では、腕によりをかけられた料理や果物、お酒や飲み物が準備されており、皆にふるまわれる。ある家では、おばあさんが金一封を用意し、敬虔に手を合わせられている姿が印象的であった。「お通り」は、神人和合、神様と集落の人々が共に喜び、感謝する時間である。人々は駒形神社を「お駒さま」と親しみを込めて呼ぶ。集落の人々のお駒さまへの信仰の深さ、豊穣への祈りの強さが印象的であった。

DSC_2012komagata0026
DSC_2012komagata0026 posted by (C)dankichi0423
(笛方正光さんの流麗な笛から神楽は始まる)

  正午には「お通り」が終わって駒形神社に戻り、直会の昼食を取り休憩を経て、神楽座中は拝殿に神楽幕を張り、神楽舞台の準備を行って、午後3時から神楽は始まった。

DSC_2012komagata0027
DSC_2012komagata0027 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「鶏舞」)

DSC_2012komagata0033
DSC_2012komagata0033 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「鶏舞」)

  式舞の初めは「鶏舞」座中若手の秀謙さん、利高さん。いずれも地元駒形の住人だ。彼ら若手は、仕事多忙の中、稽古をつけ、平日でも来られる限り、奉納に参加している。利高さんは、座中からは「まだまだだ」と精進を求められているが、神楽への意欲は素晴らしい。これからも、大変だろうが、頑張って欲しい。日差し差し暑い中、汗を流しながら、二人は舞台浄めの舞を美しく舞い納めた。

DSC_2012komagata0037
DSC_2012komagata0037 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「翁舞」)

DSC_2012komagata0038
DSC_2012komagata0038 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「翁舞」九字)

DSC_2012komagata0042
DSC_2012komagata0042 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「翁舞」)

  続いて「翁舞」。白翁のゆったりとした舞は、光差す舞台で神々しく見えた。

DSC_2012komagata0050
DSC_2012komagata0050 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「三番叟」高く跳躍する)

DSC_2012komagata0051
DSC_2012komagata0051 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「三番叟」美しく上体を反らす)

  「三番叟」は、若手の利高さん。滑稽でテンポの早い曲芸的な動きを、しっかりと舞われていた。利高さんの、上体を反らす舞は、大変美しいと思う。

DSC_2012komagata0057
DSC_2012komagata0057 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「八幡舞」)

DSC_2012komagata0067
DSC_2012komagata0067 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「八幡舞」)

  「八幡舞」は、中堅舞上手の真也さんと、若手の秀謙さん。弓矢を手に採り左右に振り回す舞は躍動感と若さあふれる舞振りであった。八幡舞の見所、跳躍して矢を放つ舞は、美しいがなかなかファインダーに捉えるのが難しい。一年たっても未だ撮影できず、修行が足りない・・・。

DSC_2012komagata0071
DSC_2012komagata0071 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「山の神舞」)

DSC_2012komagata0074
DSC_2012komagata0074 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「山の神舞」)

DSC_2012komagata0081
DSC_2012komagata0081 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「山の神舞」)

DSC_2012komagata0086
DSC_2012komagata0086 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「山の神舞」)

DSC_2012komagata0088
DSC_2012komagata0088 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「山の神舞」)

DSC_2012komagata0099
DSC_2012komagata0099 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「山の神舞」)

  そして「山の神舞」。今年は、或る人物が、山の神の面を所望し、その魂入れを憲文会長がして下さるという、大変貴重な機会であった。山の神は、駒形神社のご祭神大山祇命こそであり、石鳩岡にとっても、神楽座中にとっても、大変重要で最高の祈祷舞である。ネリでは、反閇、九字切り、印を結び、祓い鎮めて下さり、クズシでも、刀で豪快に、幣で神妙に祓い清め、舞い納められた。憲文会長は、事前に「いやー難しいなあ」とおっしゃられていたが、全く感じさせない、威儀深く豪快な舞振りであった。

DSC_2012komagata0105
DSC_2012komagata0105 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「汐汲」)

DSC_2012komagata0112
DSC_2012komagata0112 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「汐汲」)

DSC_2012komagata0120
DSC_2012komagata0120 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「汐汲」)

DSC_2012komagata0123
DSC_2012komagata0123 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「汐汲」)

  式舞はここまでで、ここからは式外舞。なんと女舞の「汐汲」が出たのである。「汐汲」は、潮を汲む様子を優雅に舞い納めたもので、「月は一つ、影は二つ、満潮の夜のくるまに月をのせて」と詠う詞章は詩情にあふれ、美しい舞曲である。座中で舞われるのも大変珍しい。舞い手は、女舞の名手収師匠である。普段は「山の神舞」を舞われることが多く、今回憲文会長が舞われたことで、「汐汲」がでたという、大変貴重な時間となった。これは私の私的印象だが、「天女」は乙女、「汐汲」の女は艶やかな魅力を醸し出す美しさがある。私は神楽で女舞に出合うと、「惚れてしまう」時があるのだが、今回の「汐汲」には「惚れて」しまった。

DSC_2012komagata0126
DSC_2012komagata0126 posted by (C)dankichi0423
(ひと時のくつろぎ・・・)

  ここでちょっと一休み。普段見られない舞台裏に行くと、憲文会長と、笛方の正光さんが、「いやー暑い暑い」とくつろいでいらっしゃった。
  そして、休憩中、可愛らしい助っ人がやってきた。弟子神楽の綾内神楽のしおりさん。高校三年生の女の子だが、式外舞のネリ、クズシもしっかりと舞う舞上手だ。学校帰り、居ても立ってもいられなくなり、急いでやってきたという。普通の高校生の女の子だが、部類の神楽好きで、将来有望である。

DSC_2012komagata0131
DSC_2012komagata0131 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「諷誦」)

DSC_2012komagata0136
DSC_2012komagata0136 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「諷誦」)

DSC_2012komagata0142
DSC_2012komagata0142 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「諷誦」)

DSC_2012komagata0148
DSC_2012komagata0148 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「諷誦」)

DSC_2012komagata0153
DSC_2012komagata0153 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「諷誦」)

  休憩後続いて「諷誦」。今日は中堅舞上手の真也さんの舞である。若々しい勢いあふれる健さんと対照的に、真也さんの舞は、練り、クズシにおいても安定した力強さとしなやかさを兼ね備えた荒舞で素晴らしかった。

DSC_2012komagata0155
DSC_2012komagata0155 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「天照五穀」)

DSC_2012komagata0165
DSC_2012komagata0165 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「天照五穀」)

DSC_2012komagata0167
DSC_2012komagata0167 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「天照五穀」)

DSC_2012komagata0169
DSC_2012komagata0169 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「天照五穀」)

DSC_2012komagata0173
DSC_2012komagata0173 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「天照五穀」クズシ)

  式外舞最後は「天照五穀」。天熊人命から五穀を受け取った天布刀玉命が、天照大神にお手渡しする場面を舞われている。天照大神は大いに喜び、これらを人々の食料となさんと命ずる。これが農業の始まりであるという舞である。天照大神は、式舞荒舞女舞を舞える収師匠。天照大神は女神であるが、神様であり、威厳と気品を兼ね備えなければならない、難しい舞であるが、流石収師匠である。威厳気品十分な舞振りであった。「五穀」は秋の奉納では必ず舞われる。五穀豊穣の祈りこそが、地域の人々には大きいからである。

DSC_2012komagata0174
DSC_2012komagata0174 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「祈祷権現舞」下舞)

DSC_2012komagata0181
DSC_2012komagata0181 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「祈祷権現舞」)

DSC_2012komagata0185
DSC_2012komagata0185 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽「祈祷権現舞」火伏)

  最後は、「祈祷権現舞」。駒形神社の権現様、隠居の権現様、駒形神楽の権現様三体が綾内神楽のこうせいさん、真也さん、憲文会長により舞われた。真也さんの下舞に続き、権現様の歯打ち、あげもの褒めが行われた。「ほら、胎内くぐりしなさい。」と、座中に促されて、私達妻共々胎内くぐりをさせて頂き、所願成就を願った。すべての舞が終わった頃、日はすっかり暮れていた。
  すべての片づけが終わり、社務所で直会が行われた。宮司はじめ、憲文会長、収師匠、正光さんに御礼の御酌をし、また神楽座中とも交歓の時を過ごした。今年も三日間、暖かい時間を過ごすことができた。私にとって、第二の故郷である。これからも、命ある限り、石鳩岡に通い続けるであろう。



※この度の写真掲載に当たり、早池峰嶽流石鳩岡神楽保存会の許可を頂き掲載いたしました。また菊池憲文保存会長、菅原正光氏はじめ神楽衆の皆様、そして石鳩岡集落の皆様には大変お世話になりました。この場を借りて、篤く御礼申し上げます。
 
  
   
  

NEXT PAGE »

topBack to TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。