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由良比女神社例大祭 隠岐島前神楽
Sat.06.08.2011 Posted in 島根県
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 平成23年7月30日、31日の二日間、島根県隠岐諸島島前地域の西ノ島にある、由良比女神社例大祭と隠岐島前神楽の奏楽・奉納を探訪した。
 隠岐島前神楽は、「社家(しゃけ)」と呼ばれる祭事祈祷を専門に行う集団により伝えられてきて、現在は社家筋の人を中心とする隠岐島前神楽保持者会という組織にて伝承されている。メンバーは長老格の方から小学生までの男性・女性である。
 由良比女神社例大祭は、二年に一度、神幸祭、還幸祭の二日間斎行される。

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DSC_8099 posted by (C)dankichi0423
(由良比女神社例大祭 隠岐島前神楽「道中神楽」)

 神事が行われた後、神楽衆により「道中神楽」が奏される。
 神楽の奏楽は、大太鼓ひとつに締太鼓と手平鉦を数個づつ用い、いくつかのリズムパターンを組み合わせ、繰り返しながら「ヤァーハーハハァー」「ヤァハーイ、ヤァハーイ」などと神歌が歌われ奏される。これが、外国の先住民文化に伝えられる神歌のようで、ものすごく面白い。これを「辺境で育まれた個性的なグルーヴ」と言われている。
 「道中神楽」は、神輿渡御の際に奏される奏楽のみのいわば「BGM」である。お囃子をきざみ「ヤァーハーハハァー、ヤァーハーハハァー」と繰り返し歌い続ける。

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DSC_7935 posted by (C)dankichi0423
(由良比女神社例大祭「神輿」)

 「道中神楽」が始まったころ、祭の男衆がどこからともなく集まってきて、神輿を担ぎ、まずは境内を行きつ戻りつ練り歩く。「チョーヤッサ、ホーラヤッサ」の掛け声に「道中神楽」のお囃子と「ヤァーハーハハァー」の歌声。その空間にいる男衆、見物人は次第にトランス状態になり、祭は盛り上がりを見せる。

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DSC_7964 posted by (C)dankichi0423
(由良比女神社例大祭「御船」)

 神輿はその後行きつ戻りつ練り歩き、港の御船に鎮座する。突然辺りが騒がしくなった。男衆が喧嘩を始めたのである。このお祭は漁師の祭で別名「ケンカ祭」とも言われており、良くあることらしい。男衆たちは二年に一度の祭に己の全てをぶつけあっているのだろう。

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DSC_8194 posted by (C)dankichi0423
(由良比女神社例大祭 隠岐島前神楽「先祓」)

 神輿が御船に鎮座したら、船は港を離れ、湾内を巡航する。巡行中、船上では「御船神楽」が数番舞われる。
 印象的だったのは、神楽衆に小学生の男の子がいて、還幸祭で「先祓」の舞を舞ったのだが、躍動的で、しっかりとした上手な舞を舞っていたことである。彼は「道中神楽」においても常に太鼓や手平鉦を進んでたたいており、本当に神楽が好きなことが伝わって来た。隠岐島前神楽の伝承力を感じた。

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DSC_8300 posted by (C)dankichi0423
(由良比女神社例大祭「神輿」)

 御船神楽が終わる頃、船は港に到着し、神輿は再び練り歩く。男衆の「チョーヤッサ、ホーラヤッサ」の掛け声に「道中神楽」のお囃子と「ヤァーハーハハァー」の歌声が一つになり、トランシーな雰囲気の中、祭は最高潮を迎える。還幸祭、神社に戻ってきた神輿は名残を惜しむように境内を行きつ戻りつ練り歩いた。

 海を生業として生きる島の人々は、二年に一度のおまつりに全てを注ぎ込み、そして心から楽しんでいた。そこには笑顔が絶えなかった。島の人々は島を、そしておまつりを誇りに思っている。素晴らしいおまつり、人々に出合い、感動を覚えた。



〇神幸祭 「道中神楽」1.「幣帛舞」2.「恵比寿」 〇還幸祭 「道中神楽」1.「巫女舞」2.「先祓」

〇参考文献
 「神楽と出会う本」 三上敏視

※この度の写真掲載に当たり、隠岐島前神楽保持者会石塚氏及び焼火神社宮司松浦道仁氏の許可を頂き掲載いたしました。また焼火神社宮司松浦道仁氏、三上敏視氏から様々なご援助を頂きました。この場を借りて感謝いたします。
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