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下粟代の花 神入り 棚飾り 天の祭り 切目の王子
Mon.27.01.2014 Posted in 愛知県
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小休憩を挟んで、午後4時前になると、花太夫、宮人は神部屋(かんべや)に集まる。

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DSC_kamiamakirume0006 posted by (C)dankichi0423
(下粟代の花「神入り」)

 「神入り」という、神々を請じさせる神事である。まず神部屋の床の間にある神棚で、塩清めの後、護身法、九字、五大尊の印を結ぶ。禊の祓、大祓の祝詞を唱え、次いで「謹上再拝再拝と拝み開き殿附かのおんところに勧請申す也・・・」と「殿附」(とのづけ)の祭文を唱える。そして花太夫が大御幣を、宮人が幣束や舞道具を持って行列を組むと、二拍子の楽が入り、神座に進み、「いりませやいかなるかみがいりそめていりそめていりてののちはふくやたもたな」と唱えながら囲炉裏の周囲を三度周り、天へ向かう。

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DSC_kamiamakirume0009 posted by (C)dankichi0423
(下粟代の花「天の祭り」)

  神座の隣、会所に天があり、「天の祭り」を行う。まず、棚に幣束、御札、舞道具等を並べ、花株が幣束に供物を並べる棚飾りが行われる。次いで「天の祭り」である。花太夫を前に宮人が後ろに座る。花太夫の前には、燈明が置かれる。塩清め、護身法、九字、五大尊の印が結ばれ、禊祓、大祓の祝詞を唱えて、大道神祇を唱える。次いで荒神六印の法を用いる。次いで立ち上がり、護身法、九字、五大尊の印が結ばれ、五方固めを行った後、神返しを行う。

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(下粟代の花 支度部屋で部屋番が面を清めて並べる)

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(下粟代の花 支度部屋)

  「天の祭り」が始まると同時に、神部屋には、面、装束、舞道具等が持ち込まれ、これからは支度部屋となる。支度部屋では、部屋番が、面を酒で清めて並べる。三遠南信各地のおまつりで残る「面さいずり」に相当するものであろう。

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DSC_kamiamakirume0018 posted by (C)dankichi0423
(下粟代の花「切目の王神」)

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(下粟代の花「切目の王神」)

  そして神座で、「切目(きるめ)の王神」が行われる。花太夫が、太鼓弊(切目王神幣)が置かれた太鼓に座して、その前に宮人が円形になって座す。護身法、九字、五大尊の印を組み、花太夫は太鼓を叩き、囃子方が笛を吹き、楽に合わせて神拾いを行う。神拾いは神入りと同じで、「おみきあげ」の行事がある。「おみきあげ」では「おりいで花の 切目の王神 ごすごりょう まいらするには みいぐちなる おみきこしめせ 玉の明神」とうたぐらを歌う。神拾いは村の鎮守まで丁寧に迎えられる。

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(下粟代の花 村人の夕食)

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DSC_kamiamakirume0026 posted by (C)dankichi0423
(下粟代の花 村人の夕食)

  神事の間、せんじでは、せんじ番が、夕食の支度に取り掛かる。「切目の王神」が終わった午後6時、ここで休憩になり、村人は、接待部屋で夕食となる。御膳とお酒が並べられ、花太夫を中心に円座する。せんじ番、花株、花太夫の挨拶があって乾杯となり、食事が始まる。支度から神事まで、息つく暇もなかった村人には、ほっとする瞬間である。あちこちで笑いが起きる。



※参考文献 東栄町誌 伝統芸能編
※この度の写真撮影、掲載に当たり、花太夫一野瀬三紀男様はじめ宮人さま達、下粟代花祭保存会長金田新也様はじめ花株様、下粟代集落の皆様の特別なご許可、ご理解及びご協力を得て撮影、掲載いたしました。この場を借りて、篤く御礼申し上げます。
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下粟代の花 切り草と準備 滝祓い 高嶺祭り 辻固め
Sat.06.04.2013 Posted in 愛知県
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  正月気分も冷めやらぬ、1月成人の日のある土曜日の早朝。花宿の改善センターには、花太夫、宮人、花株、集落の各役割の人間が集まってきた。花本番に備え支度である。
  まず花太夫により、うちきよめを行い、宮人は切り草の仕上げを、せんじ番は「けんちん」や酒の準備を、その他の役割の男手は、花宿のすべての準備に取り掛かり始めた。(私もお手伝いの一員として加わった。)

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DSC_takitakatuji0003 posted by (C)dankichi0423
(切り草 宮人が「びゃっけ」の五色の「けえだれ」を作る)

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(切り草 宮人が「びゃっけ」の五色の「けえだれ」を吊る)

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(切り草 完成した「びゃっけ」)

  宮人は、予め切っていた五色のけえだれを木枠に吊ってゆく。そして中心に蜂の巣を付けて四方には両御串を貼り付け、「びゃっけ」を仕上げた。
  一方他の役割の男達は、センターの扉を外して蔵へ運び込む。その他の荷物も同じく蔵へ運び込む。次に、入り口付近に鉄骨を組み上げテントを張り、風除けとした。そして、会所横に氏神仮宮を組み立てた。いずれも力仕事組立仕事。阿吽の呼吸が必要である。そして、杉の葉で飾り付けを行い、提灯を付け、注連縄を張った。
  ついで、舞庭の五方に丸太を立て、榊の大枝を立てた。そして、舞庭、会所、神座、神部屋に注連縄を張り、先日の切り草で切った「ざぜち」と紙垂を飾り付けた。外の氏神仮宮にもざぜちと紙垂を付けた。

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DSC_takitakatuji0006 posted by (C)dankichi0423
(せいと番は竈の釜を洗う)

  せいと番は、竃の釜をたわしで洗い、湯御幣と竃矛をそれぞれ立てた。

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(「びゃっけ」を吊り上げる)

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(祭具が飾り付けられた舞庭)

  最後に先ほど仕上がった「びゃっけ」を竃の上へ声を掛けあいながら吊り上げる。吊り上がった所で、五方に神道(かみみち)を中央から時計回りに黄色、青色、赤色、白色、黒色と吊り下げた。これで、舞庭の準備も完了し、いったん解散となった。
  午後2時前、花太夫、宮人、花株、集落の各役割が再び集合した。いよいよ花の神事の始まりである。
  初めに花太夫によりうちきよめが行われた。
  花太夫、宮人が集落の外れにある沢へ向かった。年によって、西方の「滝の沢」の不動明王石像の前、または東方の「下の前の沢」の不動明王石像の前で、滝祓いを行う。(私が記録した年は、西方の「滝の沢」の不動明王石像前であった)
  滝に注連を張り、紙垂を付ける。滝御幣、タトウ幣を立て、御酒壺(ごすつぼ)に神酒、切り皿に栗、カヤ。トコロ、ソバを三膳供える。

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DSC_takitakatuji0014 posted by (C)dankichi0423
(滝祓い 花太夫が印を結ぶ)

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DSC_takitakatuji0015 posted by (C)dankichi0423
(滝祓い 宮人が滝の水を迎える)

  薦を敷き、花太夫が座する。宮人は後ろに控える。塩三供、護身法、九字、五大尊の印を結び、禊祓、大祓の祝詞を唱える。次に花太夫は薦の上に立ち上がり、護身法、九字、五大尊の印を結び「水の印」を結び、「水天明王」と十三回唱える。五方に向かい神返しを唱え、餅を投げる。その後、宮人が滝の水を迎える。

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DSC_takitakatuji0019 posted by (C)dankichi0423
(高嶺祭り)

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DSC_takitakatuji0026 posted by (C)dankichi0423
(高嶺祭り)

  そして、改善センターの西側の山の神が祀ってある小高い丘へ向かい高嶺祭りを行った。
  四本の笹を二尺四方に立て、注連縄を張る。その内側に高嶺五天幣を五本立て献供物として、御酒壺(ごすつぼ)に神酒、切り皿に栗、カヤ。トコロ、ソバを五膳供える。
  薦を敷き、花太夫が座する。宮人は後ろに控える。立って東の方角に向かい塩三供、護身法、九字、五大尊の印を結ぶ。五方五印(太刀、格子、内獅子、外獅子、秘子)を結び、神文を唱える。次いで、内獅子の印を天・地・中と組み、神文を唱え右左右に旋回する。次いで五方の固めに入り、五大尊の印を結んで五方に向かい真言を唱える。最後に神返しを行い、宮人は餅投げをする。
  さて、神事の間に若い役4人はゆはぎを着て、八幡神社へ向かう。八幡神社では神事を行い、神官役により神輿にご神体を移す。神輿の担ぎ手二人、太鼓一人、笛一人で、神輿を先頭に、二拍子で、改善センターへ宮渡りを行う。(最も現在は距離があるので、近くまではトラックで移動する。)神輿が到着したら氏神仮宮へ鎮座する。なお、宮渡りが終わらないと辻固めは行われない。

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DSC_takitakatuji0032 posted by (C)dankichi0423
(辻固め 辻固め幣)

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DSC_takitakatuji0033 posted by (C)dankichi0423
(辻固め)

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DSC_takitakatuji0040 posted by (C)dankichi0423
(辻固め)

  宮渡りが行われると、改善センター当方の平地で辻固めが行われた。藁つとのついた竹を立て、そこに辻固め幣を立てる。半紙の上に献供物として、御酒壺(ごすつぼ)に神酒、切り皿に栗、カヤ。トコロ、ソバを五膳供える。
  薦を敷き、花太夫が座する。宮人は後ろに控える。立って東の方角に向かい塩三供、護身法、九字、五大尊の印を結ぶ。五方五印(太刀、格子、内獅子、外獅子、秘子)を結び、神文を唱える。次いで、内獅子の印を天・地・中と組み、神文を唱え右左右に旋回する。次いで五方の固めに入り、五大尊の印を結んで五方に向かい真言を唱える。最後に神返しを行い、宮人は餅投げをする。

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DSC_takitakatuji0043 posted by (C)dankichi0423
(氏神仮宮参拝)
  
  辻固めが終わると、花太夫、宮人は、氏神仮宮を参拝する。ここでいったん休憩に入る。午後3時半頃であった。
  下粟代の花は、現花太夫が、月の先々先代より諸法を学び伝承してきており、その神事は厳粛である。丁寧に神勧請され、悪しき神は封じる。これはこの後の神事でも感じられるものである。



※参考文献 東栄町誌 伝統芸能編
※この度の写真撮影、掲載に当たり、花太夫一野瀬三紀男様はじめ宮人さま達、下粟代花祭保存会長金田新也様はじめ花株の一野瀬忠義様、下粟代集落の皆様の特別なご許可、ご理解及びご協力を得て撮影、掲載いたしました。この場を借りて、篤く御礼申し上げます。

下粟代の花 うちきよめ 切り草
Tue.02.04.2013 Posted in 愛知県
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  下粟代では、正月松の内の土曜日に、切り草が行われる。切り草とは、花で用いられる、神勧請のための幣束、神の依代や祭場を構成する切り紙をいう。具体的には、「幣束」、「ざぜち」、「びゃっけ」、「神道(かみみち)」、「けえだれ」、「やつはし」、「ひいな」等である。切り草は、花宿となる改善センターで行われる。
  朝8時半、花太夫、宮人、そして花を取り仕切る花株が改善センターに集まる。

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DSC_kirikusa0004 posted by (C)dankichi0423
(うちきよめ 大祓の祝詞)

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DSC_kirikusa0008 posted by (C)dankichi0423
(うちきよめ 清めの水を撒く)

  切り草に先だって、花太夫、宮人は神部屋に集まりうちきよめを行う。塩三供、洗米、そして清め手桶に清めの水をいれたもの、榊の小枝を用意する。花太夫は、神棚に二礼二拍手一拝のあと、護身法・九字・五大尊の印を結び、宮人と共に大祓の祝詞を唱える。その後花太夫は手桶と榊を手に採り、唱えごとをしながら、清めの水を撒いて歩く。神部屋→神座→天(あま)→ダイドコ→せんじ→竃→舞庭→氏神仮宮が置かれる場所の順である。

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DSC_kirikusa0010 posted by (C)dankichi0423
(切り草 厳粛な雰囲気の中行われる)  

  うちきよめが終わると、一室に花太夫、宮人が座して、切り草が始められる。花太夫は、神勧請のための幣束類を、宮人はざぜちや花の舞の花笠、びゃっけに用いる、けえだれ、みくし、やつはしなどをそれぞれが切る。宮人は代々切る切り草が決まって受け継がれ、専売特許である。
  切り草が始まると、部屋は厳粛な雰囲気となり、息をするのも憚られる雰囲気である。

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DSC_kirikusa0015 posted by (C)dankichi0423
(切り草 手控を元にそれぞれの幣束を切る 五十余年の経験のなせる業)

  花太夫は、手控の帳面を見ながら、幣束の一つ一つをスッスッと鮮やかに切ってゆく。型紙などない。長年の経験のなせる業である。小刀一本で、切る、折る、といった造作を行うのである。一通りの幣束を切った後、竹を適当な長さで切り、小刀で切り目を入れて、幣束を作ってゆく。

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DSC_kirikusa0041 posted by (C)dankichi0423
(切り草 花の根本である大御幣を作られる)

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DSC_kirikusa0043 posted by (C)dankichi0423
(切り草 花の根本である大御幣を神部屋の神棚に飾る)

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DSC_kirikusa0044 posted by (C)dankichi0423
(切り草 神棚の大御幣)

  まずは、大御幣という花の根本となる幣束を作り、出来上がったら、神部屋の神棚に立て掛けた。

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DSC_kirikusa0047 posted by (C)dankichi0423
(切り草 辻固め幣を切って、折りあげる 繊細な造作)

  その後は、祓幣、滝幣、高嶺五天幣、辻固め幣、荒神弊・・・と作っていった。

  「ちょっと休もうか。」花太夫の一声で、私はせんじにいた花株さんに声を掛けて、お茶、お酒、灰皿を用意して部屋にお持ちした。緊張の糸が少しほぐれる一瞬だった。

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DSC_kirikusa0055 posted by (C)dankichi0423
(切り草 「みくし」を型紙に従って切る)

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DSC_kirikusa0061 posted by (C)dankichi0423
(切り草 「みくし」を折る 繊細な作業)


  再び、作業が始まった。「シモ」(屋号)の宮人さんは、「びゃっけ」やヤチ、剣の柄に用いる「片みくし」、「両みくし」、「御一力幣」を切られていた。みくしは、切り込みを入れて、折り目を幾重にも入れる。繊細な作業を淡々と行われていた。また、御一力幣は、金・銀の特殊な紙を用いる、一枚一枚慎重に切られていた。

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DSC_kirikusa0073 posted by (C)dankichi0423
(切り草 「ざぜち」を切る)

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(切り草 「ざぜち」を切る 鳥居の紙垂はゆれているような繊細な表現)

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DSC_kirikusa0085 posted by (C)dankichi0423
(切り草 「ひいな」を折る。最も神経の使う作業)

  「ササバシ」の宮人さんは、「ざぜち」と「びゃっけ」に用いる「ひいな」を切られていた。「ざぜち」は、何枚にも重ねた半紙に、型紙で下書きをして、切ってゆく。「日月」、「宮」、「五大尊」など七種類、それぞれ細かい個所も、大胆かつ繊細に切られていた。七種類全て切り終わると、「ひいな」である。「ひいな」は、最も繊細な切り草である。何か所も細く切り、折り目を入れてゆかねばならないのだ。「ササバシ」の宮人さんは、息を殺して、「ひいな」の切り草を行っていた。

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(切り草 花笠の花を切る)

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DSC_kirikusa0102 posted by (C)dankichi0423
(切り草 剣の柄に「みくし」を巻き付ける)

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(切り草 割り竹で花笠の笠を作る)

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(切り草 耳掛けを付け花笠の笠を仕上げる)


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DSC_kirikusa0117 posted by (C)dankichi0423
(切り草 二個目の花笠を作る 手前には仕上がった花笠が) 

  「ウエヒガシ」の宮人さんは、花の舞の花笠作り、ヤチ、剣の柄巻き及び紙垂付けを行われた。まず、五色の紙を重ねて、花を二つ切った、そしてそこに付ける紙垂を切った。そして、花を切った残りの紙で、小さな紙垂を作った。「『シモ』さん、できた?」ときいて「みくし」をとり、まずは剣四本にそれぞれ巻きつけた。次いで、ヤチ四本にも巻き付け、最後に切先に小さな紙垂を付けた。
  そして再び花笠作りである。まず、縄を綯い始めた。そしてそこに赤、青、白の紙を巻き付けた。次に竹を四つに割って、竹ひご状にして、輪っかを作り、そこに笠になるよう二本交差させる。そして、さっきの縄を耳掛けにして巻いてゆく。その過程で、輪っかにも縄を巻いてゆき、頭が被れるようにする。そうして最後に白い紙テープを巻き付けてやっと一個できたのが、夕方であった。

  外も暗くなってきた頃、「みなさんどうですか?今日はここまでとしますか?」と花太夫さんの声がかかり、切り草は終了となった。後できなかった部分は、花当日までに、めいめいの宮人さんが、自宅で切り草を行うのである。
  切り草というのは、一見祭具の準備とみるのは簡単だが、一つ一つが神様へ捧げるものである。大変神聖で厳粛な神事の一つであると確信した。



※この度の写真撮影、掲載に当たり、花太夫一野瀬三紀男様はじめ宮人さま達、下粟代花祭保存会長金田新也様はじめ花株の一野瀬忠義様の特別なご許可、ご理解及びご協力を得て撮影、掲載いたしました。この場を借りて、篤く御礼申し上げます。
下粟代の花  舞習い 
Wed.27.03.2013 Posted in 愛知県
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序 
  私が奥三河の花を探訪して10年余りになる。そして、中でも振草下粟代を探訪して7年になる。下粟代は、私が尊敬し師事する、民俗写真家芳賀日出男先生が長年訪ねた地であり、芳賀先生の写真をきっかけに訪ねるようになった。そして、これまで一通りの神事・芸能を撮影し、芸能は生きた信仰・生活により成り立つものだと確信し、近年は地域の風土・祭事も撮影を行っている。これから、一つ一つの神事・芸能について記録したものを、この場で取り上げてゆきたい。

  北設楽郡東栄町振草下粟代は、愛知県の北東、奥三河と呼ばれる地域に位置する、山々が幾重にも重なり、山間の谷間に位置する。。
  花は、一般的には「花祭」と呼ばれている神楽で、三遠南信に広く分布する「霜月神楽」である。花は、一年を経て穢れ衰えた人間の心身を、勧請した神々と交遊することで清めを受け、新たな生命力が得られるとされる再生のおまつりである。花は、奥三河地域に現在下粟代を含めた15地区において伝承されている。花の詳細は、早川孝太郎の著書「花祭」に詳しいのでそちらを参照されたい。

  下粟代の花は、嘗ては1月3日、4日に行われていたが、現在は1月成人の日のある週の土、日に行われている。従って、舞習いは前年末の29日、30日、そして年明け第一週の土曜日の三回行われる。
  昭和57年までは、宿花といい、各組の家に割り当てて、花宿を定めて花を行っていた。従って、舞習いも各組の家の内庭(土間)を使って行っていた。太鼓を叩いて、道具を宿へ運んだという。舞習いは深夜に及ぶため、夜食に粥と漬物がふるまわれたそうだ。その後、旧公民館で舞習いが行われるようになった。
  当時の舞習いのエピソードとして、家々で舞習いをしていた頃は、大変厳しいもので、少しでも舞を間違えるだけでも、またくさしたりしても「嫌なら辞めちまえ!」と言われていたそうだ。実際辞める子供もいたそうで、それでも代わりの子供が沢山いた時代であった。習いを待つ子供たちは、遠慮して大人しくはしていたが、足相撲などはしていたそうである。時代が下って、旧公民館で舞習いをしていた頃は、近所にある消防団の屯所の火の見櫓に登ったりして遊んで、「こら!静かにしろー!。」と怒られていたそうだ。しかし、時代が変わると共に、子供の数が減ってきて、昔のような厳しさもなくなってきたそうである。 
  
  さて、現在は花宿となる改善センターで行われる。下粟代では、現在子供はいない。従って、下粟代から出て育った子供達、いわゆる外孫や、近隣の集落の子供達を集めている、大変厳しい現状である。「厳しく教えたら、子供が来てくれんでのん。」という、保存会長さんの冗談めかした言葉に、花の存続の難しさを感じる。

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(下粟代の花 舞習い 小学校低学年の子供達の花の舞)

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(下粟代の花 舞習い 小学校高学年の子供達の三つ舞扇)

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(下粟代の花 舞習い 小学校高学年の子供達の三つ舞扇)

  夜7時から始めるため、最初は小学校低学年の子供達から始める。最初は、どう舞って良いか戸惑いがあり、中々うまくあわせられず、その都度大人が指導に入る。小さい子供たちはずっと大人に腕を掴まれて、手取り足取りの指導である。しかし2日、3日と経つと、大人の手も借りず、上手に舞上げるのである。次いで小学生高学年の三つ舞、小学生中学年の花の舞・・・と続く。習いが終った子供達には、カップ麺、お菓子や飲み物をご褒美にあげる。

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DSC_mainarai0072 posted by (C)dankichi0423
(下粟代の花 舞習い 出番を待つ子供達)

  一方子供達は、出番を待っている間、炬燵で、中高生は宿題や勉強をしたり携帯をいじったり、小学生たちはDSやPSPなどゲームで遊んでいる。何とも現代的な光景だ。

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(下粟代の花 舞習い 楽 花太夫が太鼓をうつ)

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(下粟代の花 舞習い 囃子方)

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(下粟代の花 舞習い 習いの合間に大人も・・・)

  さて、大人達は、それぞれ役割があり、指導役、楽(太鼓)、囃子方(笛)、そして台所で酒や湯茶を用意する組の女性達である。私も笛を吹きつつ、記録撮影をさせて頂いた。

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(下粟代の花 舞習い 高校生による三つ舞ヤチ 花太夫自ら指導に入る)

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(下粟代の花 舞習い 高校生による三つ舞ヤチ ハンヤ)

  最後は、高校生たちによる三つ舞、流石に大きくなってくると舞もしっかりしてくるが、大人達も厳しい指導がその都度入る。途中楽が止まって舞式について、確認する場面もみられた。皆必死に習いを行い、終わったのは、日付が変わる頃であった。二日目も、晦日にも拘らず、白熱した舞習いが行われ、日付が変わる頃まで行われた。三日目は昼から行われ、夜九時ごろには終了した。三日目には、皆自信を持って舞い上げ仕上がっていた。
  花見物に来る人達は、どうしても本番の華やかさを見に来るものである。しかしその陰で、子供や青少年、大人達の努力があることをわかって頂きたい。たゆまぬ努力により、花が行われているのである。



※この度の写真撮影、掲載に当たり、下粟代花祭保存会長金田新也様はじめ保存会の皆様、下粟代集落の皆様の、特別なご協力及び承諾を得て撮影、掲載いたしました。この場を借りて、篤く御礼申し上げます。
足込の花
Thu.28.02.2013 Posted in 愛知県
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  愛知県北設楽郡東栄町足込で、11月最終土曜日日曜日に行われる足込の花に、平成20年、平成21年、平成24年の三度探訪した。
  北設楽郡東栄町足込は、愛知県の北東、奥三河と呼ばれる地域に位置する、山深く高標高の集落である。
  花は、一般的には「花祭」と呼ばれている神楽で、三遠南信に広く分布する「霜月神楽」である。花は、一年を経て穢れ衰えた人間の心身を、勧請した神々と交遊することで清めを受け、新たな生命力が得られるとされる再生のおまつりである。花は、奥三河地域に現在足込を含めた15地区において伝承されている。花の詳細は、早川孝太郎の著書「花祭」に詳しいのでそちらを参照されたい。
  足込の花では、足込集会所を会場として、舞庭(まいど)とよばれる空間を設営し、天井中央にはびゃっけ、一力花、また四方にはざぜちが装飾される。舞庭の中央には竃が据えられて、神座(かんざ)を背面にして竃の前を正面としている。竃は三方土で塗り固めたものである。

 足込の花の次第は以下のとおりである。

 〇神事 1.滝祓い 2.辻固め 3.高嶺祭り 4.神入り 5.天の祭り 
     6.四季ばやし、さるごばやし、とうごばやし 7.竃祓い 8.湯立て 9.惣しめおろし
 〇舞  10.ばちの舞 10.順の舞 11.市の舞 12.地固め(扇・ヤチ・剣) 
     13.花の舞(扇、盆、湯桶)※舞ごとに舞上げがある 
     14.山見鬼 15.三つ舞(扇・ヤチ・剣)
      16.榊鬼 17.火のねぎ、みこ 18.岩戸の舞 19.四つ舞(扇・ヤチ・剣)
      20.翁 21.湯ばやし 22.茂吉鬼 23.獅子
 〇神事 24.ひいなおろし 25.しずめ 26.花そだて 27.宮渡り 28.げくう祭り
      29.五方立 30.大将軍祭 31.外道がり

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(足込の花 舞庭 趣のある風情)

  夕刻、辺りが暗くなり始めた頃、花宿に到着した。薄暗い中、裸電球の灯に照らされた舞庭は、風情ある昔ながらの花宿を想起させる趣深いものであった。その時、高嶺祭りを終えた花太夫、宮人が舞庭に戻り、神部屋で唱え事をしたのち、「いーりませや いかなる神もいーりそめーて・・・」と唱えながら、神入りを行い、神座、神部屋は神聖なものとなった。その後、花太夫、宮人は屋根裏へと向かい、天の祭りを行った。

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(足込の花 竃祓い 湯立て)

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(足込の花 撥の舞)

  天の祭りを終えた花太夫と宮人は、竃の正面に来て、竃祓い、湯立てを行った。神事の一つ一つが丁寧かつ厳粛で、花太夫が、「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!!!」と唱えられたときには、脳天を打ち抜かれ、体が引き締まる思いであった。引き続き、花太夫による撥の舞は、流麗な笛の中、流れるように身をこなし、手に採った撥を清められていた。
  ここで、一度休憩となり、花太夫以下足込の方々は、せんじで夕食をとる。その時、御見舞を出していた人も一緒にどうぞと促されて、私もせんじで、けんちんと漬物、ご飯、そして日本酒の接待を受けた。けんちんと白いご飯と日本酒は大変うまかった。

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(足込の花 順の舞)

  ここまでが神事で、いよいよ舞である舞の魁は、宮人による順の舞である。やや褪せた緑色のゆはぎを着て烏帽子をかぶった宮人は手に鈴と扇を採り、竈の正面で五方に舞った。舞自体は素朴で、まだここまでが神事といってもいいかもしれない舞であった。

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(足込の花 市の舞)

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(足込の花 市の舞)

  次いで、市の舞。青少年の舞上手により三折舞われる。右手に鈴、左手に扇と榊を採る。鈴は鳴らさぬようミュートする。扇と鈴を耳の辺りにあげて、前かがみ気味に現れ、竃の前を一周する。竃に向かって一礼し、両手を開き右・左・右と体を捻りながら、足を高く上げて足踏みをする。まるで鶴が舞うが如くである。これを繰り返し、やがて、鈴を鳴らし始め、拍子が変わるとともに、跳躍する。正面を始め五か所で跳躍し、最後竈の前で一礼し、退場する。流石舞上手、美しい舞であった。

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(足込の花 地固め 扇)

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(足込の花 地固め 剣 女性が舞う美しい舞)

  地固めは、扇・ヤチ・剣の三折が舞われる。それぞれの舞に、先ほどの市の舞の舞上手が入る。女人禁制といわれる花も、近年は後継者不足で女性が入ることが珍しくなくなった。しかしそれでも、花の舞に女の子が入る地区が殆どであったが、足込では、剣の手で、少女が舞っていた。しかも、大変舞が美しく上手である。馬鹿な男、女性にほだされたか、思わず見惚れてしまった。地固めの頃から、観客も増えてきて、他所の地区のせいと衆がちらほらとやってきた。

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(足込の花 花の舞 扇)

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(足込の花 花の舞 扇)

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(足込の花 花の舞 扇)

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(足込の花 花の舞 扇)

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(足込の花 舞上げ)

  子供達の舞う花の舞、扇の手では、白いゆはぎを着た大人が舞い手を背負って、舞庭に導く。神聖な神の存在なのである。まだ幼さが残る子供たちの舞に、皆「わあー」というため息を漏らす。そしてがんばれがんばれとばかりに「トーホヘトーホ トヘテーホトーヘ テホトーヘトーヘ」と囃すのである。舞庭は、歓喜の坩堝である。やがて一生懸命に舞上げた子供達には、「よう舞ったー!」と大きな拍手が送られた。
  花の舞の後は、舞い手を背負った大人による舞上げが舞われる。大人の殆どが舞い手の父親であり、「やい!ちゃっとまえよ!」とせいと衆から声援が送られる。

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(足込の花 山見鬼)

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(足込の花 山見鬼 山割り)

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(足込の花 山見鬼 さんざんに舞わされる伴鬼)

   「トーホヘテーホヘ トーホヘテーホヘ テーホトーヘトホヘ テーホトーヘトーホーへ!」様々なお顔をした鬼様が、めいめいに舞いだす。「やい!〇〇!おめえ何年舞っとるんだ?腰が引けとるぞん!」とせいと衆に、実名で悪態をつかれる伴鬼。いよいよせいと衆も酒がまわりはじめて、悪態は本領発揮してきた。そう、花は「悪態祭り」ともいわれ、昔は悪態の名人達が知恵を絞って、悪態の応酬をしたとか。今では少なくなったが、せいと衆の悪態は欠かせない。「やい!拍子のって舞えよ。テホヘっと!」「やい、おの鬼はギャルがいるに張りきっとるぞん!はははは。」そうやってとことん舞わされる伴鬼たちは、ヘトヘトになったら、さらに拍子をあげて、舞わされる。もうたまったものではない。どんどん伴鬼が登場し、せいと衆も観客も歓喜し、舞庭の熱気はピークとなる。
  やがて拍子が変わり、泰然と青黒い顔をした鬼様が現れた。山見鬼である。「トーホヘテーホヘ トーホヘテーホヘ テーホトーヘトホヘ テーホトーヘトーホーへ!」山見鬼の登場で、せいと衆や観客も落ち着きを取り戻し、ゆったりとした符丁に変わる。山見鬼は大きな鉞を右手左手と持ち変えながら、五方を見る。そして竈の周りを廻り、五方を見る。見るというより、睨むという表現が適切であろうか。やがて、山見鬼と伴鬼は足を竃にかけて、鉞を振り下ろす「山を割る」のである。山見鬼は五方を睨むことからいわれ、また、山を割る様子から「山割鬼」ともいわれる。やがて山見鬼は、舞庭を去った。その後、伴鬼たちは最後の力を振り絞らんかぎりに舞わされた。

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(足込の花 三つ舞 扇)

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(足込の花 三つ舞 ヤチ)

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(足込の花 三つ舞 剣 せいと衆に野次られる)

  三つ舞の扇・ヤチ・剣になると、観客は少し休憩にはいるのか、少なくなるが、せいと衆は酒をあおりながら見物して「やい!拍子のって舞えよ!」「一番(舞い手の順番をいう)頑張れよ!」などと、声援を送るかと思えば、誰かのTVカメラを動かして「笑顔ちょうだい笑顔!いいねいいねー。」などとちょっかいも出し始める。そうかと思えば、酔っぱらいのおじいが地元の方に卑猥な言葉をかけてへらへらしてたら、べつのせいと衆に「テホヘっと!」とまぐわる仕草で応酬され「ワ―!キャー!」「ツンツンと!」もう舞い手の応援なのかどうかわからないけど、面白い。そんな中も少年少女たちは精一杯舞う。三つ舞は「テロレ」という「ためこみ」「きっさき」などという舞が加わり、若い彼らにとっても試練の場面である。さっきまでふざけていたせいと衆も「がんばれがんばれ!」「テホトヘ テホヘ テホトヘ テホヘ・・・」と声援を送る。花では一見風変わりなせいと衆も、大変ありがたい存在なのである。「テロレ」を舞上げ、「三つ舞を舞い上ぐるは千早降る・・・」と拍子が変わると「よう舞った!」と大きな拍手が送られた。

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(足込の花 榊鬼 可愛い伴鬼)

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(足込の花 榊鬼 テーホーヘっとぉ!!!)

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(足込の花 榊鬼 タイの火を交換する)

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(足込の花 榊鬼 )

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(足込の花 榊鬼 )

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(足込の花 榊鬼 山を割る)

  三つ舞が終わる頃、再びせいと衆と観客が増え始めた。「トーホヘテーホヘ トーホヘテーホヘ テーホトーヘトホヘ テーホトーヘトーホーへ!」様々なお顔をした鬼様が、めいめいに舞いだす。せいと衆が悪態をつくのは山見鬼の時と同じだ。小さな子供の鬼様も現れ、舞庭は和んだ。やや広めの舞庭は大勢でごった返し、地元や近隣からの応援による消防団が整理にあたる。花祭は最近注目を浴び、観客が増えた。と共にマナーの悪さも目立つ。そんな中、観客を整然と整理してくださる消防団の存在は大変大きい。本当にご苦労様である。せいと衆の悪態、そして「トーホヘテーホヘ トーホヘテーホヘ テーホトーヘトホヘ テーホトーヘトーホーへ!」舞庭は大いに盛り上がる。
  やがて拍子が変わり、赤い大きな鬼様が現れた。榊鬼の登場だ。。「トーホヘテーホヘ トーホヘテーホヘ テーホトーヘトホヘ テーホトーヘトーホーへ!」榊鬼の登場で、せいと衆や観客も落ち着きを取り戻し、ゆったりとした符丁に変わる。榊鬼は大きな鉞を右手左手と持ち変えながら、五方を睨む。そして竈の周りを廻り、五方を睨む。やがて竈の正面に戻ると、榊を持った花太夫に榊で背を叩かれ「やいやい汝はなにものでさぶらうか?」と問答が始まる。榊鬼は荒ぶる態で鉞を持ちかえて花太夫の方を向き「吾等が事にてさぶらうか?」と再び背を向ける。花太夫は榊鬼と歳比べして、榊鬼は「四万歳負けてさぶらう。」と問答に負ける。花太夫は榊鬼に榊を差出し榊を引かせる。「・・・引いても引かれぬこの榊・・・」問答が終わると榊鬼は榊を投げ出し、竃の正面でへんべを踏む。そして、榊鬼と伴鬼は足を竃にかけて、鉞を振り下ろす「山を割る」のである。かつて山を割る時、腕だけで山を割るな、からだでわれといわれたと云う。これは、山での開拓の苦労を伝えるものであろうか。やがて、榊鬼は舞庭を去った。

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(足込の花 岩戸の舞 みそぬり)

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(足込の花 岩戸の舞 みそぬり 動きが素早い、習った獲物は逃さない(笑))

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(足込の花 岩戸の舞 おかめ まぐわう)

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(足込の花 岩戸の舞 みこ)

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(足込の花 岩戸の舞 おかめ まぐわう)

  舞庭には、奇妙な面相の面が現れた。みそぬりとめしぬりである。「ワー!キャー!」舞庭はとたんに喚声があふれる。逃げ回る者もでて、味噌塗りが追っかける・・・舞庭はもう喧噪状態である。そのなかひのねぎが現れ、五方を舞って去る。すると、今度はおたふくが二人現れた。一人は腹が大きく孕んでいる。観客にちょっかいを出し。まぐわう。せいと衆も、「テホヘっと!」と後ろからまぐわいおたふくもそれに応える。もう何が何だか・・・その中、静々とみこが現れる。足込のみこは、福々しいお顔をされている。喧噪のなか、静かにゆったりと舞い、去って行った。これが「岩戸開き」といわれる。

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(足込の花 四つ舞 扇)

  舞庭も冷え込みが厳しくなり、外も夜が白み始めた。先ほどまで元気だったせいと衆も、どこへ行ったのだろうか。観客も眠りだしている。花はこの地域の「霜月神楽」でよくいわれる「寒い・眠い・煙い」のだ。そんな中、四つ舞の扇・ヤチ・剣が始まった。四つ舞は一折一時間はかかる最も困難な舞である。舞上手がこれにあたるが、流石の舞上手も、ヘトヘトで、途中水をもらったり、みかんをもらったりして、舞上げた。

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(足込の花 四つ舞 翁 問答で笑いが起こる)

  舞庭には、黒い翁が現れた。翁は花太夫と問答をする。毎年毎年花の見物のためにはるばる現れるのである。本当にご苦労様である。問答は、挨拶から始まり、何しに来たと聞き、花見物に来たと翁は答える。すると、花太夫は、楽(太鼓)、笛、おとな衆、女郎衆、最後は「しょう座まん座五百軒づらありと御礼を申す」と御礼をするのである。形式は決まっているが、アドリブもはいり大変面白い。この頃から、観客、せいと衆がまた舞庭に戻ってくるのである。

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(足込の花 湯ばやし)

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(足込の花 湯ばやし 舞い手もせいと衆も盛り上がる)

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(足込の花 湯ばやし 湯の飛沫が飛び散る)

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(足込の花 湯ばやし からすとび 最後の力を振り絞って)

  竈に滝の水が入れられ、火がくべられた。いよいよ湯ばやしである。湯ばやしは、少年4人の舞い手がゆたぶさを手に採り、一時間にわたって舞う。舞庭には大勢の観客とせいと衆がいて、「トーホヘトーホ トーホヘトーホ トヘテーホトーへ テホトーヘトーヘ…」と割れんばかりの大声で囃しているのである。それに応えて少年達は、懸命に舞う、舞う、舞う。拍子が変わると観客、せいと衆は「トーラホーラトーラホ トーラホーラトーラホ トーホヘテーホヘ テホトヘテホヘ テホヘーテホヘ テンテントントン トーラホーラトーラホ トーラホーラトーラホ…」と囃す。「パシンパシン!」少年たちも、手に採るゆたぶさを打ち鳴らしつつ、ひたすらに舞う。「はい!テントンテントン ホーラホ トーラホーラホーラホ!」少年たちは、竈の周りに立ち、ゆたぶさをくねらせるような舞に変わると、囃子も変わる。いよいよ「その時」が近づいてきたのだ。そして蓋が開けられた。皆「その時」を待っている。「はい!テントンテントン ホーラホ トーラホーラホーラホ!」そのうち舞い手の一番手が、ゆたぶさに湯を浸し、神座から順に四方に湯をかける。いよいよ「その時」だ。「ウワァー!!!」湯の飛沫が舞庭の四方八方に飛び散る。舞い手はゆたぶさに湯を浸しては、あたりに湯を浴びせる。中にはお湯をかけられている人もいる。湯がなくなると、少年たちは「からすとび」という、うさぎ跳びのような舞をする「がんばれがんばれ!」と声が掛かる。まさに最後の試練の舞だ。舞い上げると、皆ホッとしたような雰囲気となり、少年たちが最後に一礼すると、「よう舞った!」と大きな拍手が送られた。

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(足込の花 茂吉鬼)

  その後びしょぬれになった舞庭に藁が敷かれて、茂吉鬼となる。茂吉鬼は、朝鬼ともいうが、足込の場合、朝鬼という白鬼が別にいて、茂吉鬼は、とても鬼に見えない、面相である。これには、修験の陰陽五行から、五色の鬼が出ると言う考え方もあるようだが、足込の茂吉鬼は珍しい。茂吉鬼は、槌をとって、びゃっけに吊るされている蜂の巣を落とす。蜂の巣には小銭が入っており採ったものにはご利益があるというので、皆先を争って取りに行く。

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(足込の花 おまつりの後で…)

  午後になり、最後、獅子が出た。「しーしよししよ しーしよししよ」と声をかけ、獅子は舞庭を巡る。途中ゆたぶさを咥え、湯ばやしをする。その後は、子ども達を噛んでやり、無病息災を約束する。すべての舞が終わった。外を出ると、暖かい日差しが差し、銀杏の木はほんのり色が付き始めていた。



※この度の写真掲載に当たり、足込花祭保存会の許可を得て掲載いたしました。また、同保存会伊藤克明様には、掲載許可及び当日の接待などにおいて大変お世話になりました。この場を借りて篤く御礼申し上げます。
  
  
 
  

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