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若柳妙見北辰神社奉納 優勝幕争奪 第52回宮城岩手選抜神楽大会
Mon.08.10.2012 Posted in 宮城県
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DSC_hokushin0001 posted by (C)dankichi0423 
(北辰神社)

  平成24年9月8日(土)宮城県栗原市若柳に鎮座する北辰神社にて行われた、若柳妙見北辰神社奉納 優勝幕争奪 第52回宮城岩手選抜神楽大会を探訪した。
  南部神楽は、宮城県北(栗原市、登米市など)から岩手県南(一関市、奥州市など)にかけての、旧伊達藩領内において分布する神楽である。元々は、岩手県一関市自鏡山に依拠する、羽黒山系山伏である法印により伝えられてきた法印神楽が、明治維新における廃仏毀釈により衰徴し、地元農民達により、法印神楽伝統の式舞(鶏舞、三番叟など)に加え、浄瑠璃や地元伝承の民話により作られた娯楽性の強い演題を加え、現在に至ったものである。南部神楽の「南部」には諸説あるが、早池峰系山伏神楽=「北部」に対する「南部」と名付けられた説が有力である。
  さてこの南部神楽は、数十にもわたる神楽団体が、各々の地域の祭礼奉納に加え、技量を競う「神楽大会」が盛んであり、「神楽大会」で見ることができる機会が多い。「神楽大会」は、古くは戦後から始まり、現在はホールや公民館などで行われることが多いが、かつては馬検場など外で行われていた。北辰神社で奉納される宮城岩手選抜神楽大会は、外で行われる神楽としては珍しい「神楽大会」である。

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DSC_hokushin0003 posted by (C)dankichi0423
(昨年度優勝幕)

  朝、北辰神社へ向かうと、鳥居には祭礼の幟が立ち、境内には舞台がかけられ、昨年の優勝団体の神楽幕が誇らしく飾られていた。また、雨天や日差しを避けるためにブルーシートがかけられていた。古の「野掛芝居小屋」を思わせる雰囲気である。参道沿いには、ヒーローもののお面やかき氷、焼き鳥など露店が立ち並び、多くの人々で賑わっていた。観客は老若男女で席はほぼ満席、南部神楽の人気の高さを窺えた。
  神楽大会は、岩手県、宮城県から選抜された団体が出演し、制限時間30分の中で神楽を奉納し、技量を競うのである。なお、昨年度の優勝団体は、審査の対象外で、特別出演という扱いになる。

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DSC_hokushin0009 posted by (C)dankichi0423
(城生野神楽会「お山かけ」)

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DSC_hokushin0019-2 posted by (C)dankichi0423
(城生野神楽会「鶏舞」)

  最初は、昨年の優勝団体である、宮城県栗原市築館の城生野神楽会による「鶏舞」である。「鶏舞」は、式舞の一つで必ず舞われる舞であり、また、神楽の基本動作であることから、初心者は「鶏舞」から習得するという舞である。地域によって「みかぐら」ともいわれる。舞の初め、ざいを付け、「若人面」という若い男の面を付けた役が現れて、「あれ?」と思った。「鶏舞」は、直面の二人舞なのである。後日、城生野神楽会の方に伺ったら、月読命という神様で、御祝いの席で祈願舞として舞われる「お山かけ」という演目であるということであった。続いて青年二人により「鶏舞」が舞われたが、舞に躍動感があり、さすが昨年の優勝団体だけある技量であった。
  その後、各団体による奉納が始まった。演目は「羽衣」など神話に基づいた演目や、源平合戦や義経伝説にまつわる演目、田村三代記など、地元の伝承に基づく演目など、多彩である。土地柄か、義経にまつわる演目が多い。

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DSC_hokushin0026 posted by (C)dankichi0423
(嵯峨立神楽保存会「撥ぐるま」)

  途中、ある団体で胴取りによる「撥ぐるま」が披露された。これは、胴取りによる一種の曲打ちで、撥をくるりと回したり、派手さがあり面白みがある。胴取りにそれ相応の技量がないとできない芸当である。

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(大森神楽保存会「五条の橋」武蔵坊弁慶)

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(大森神楽保存会「五条の橋」牛若丸)

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(大森神楽保存会「五条の橋」)

  九番目、岩手県奥州市衣川区大森神楽保存会による「五条の橋」。武蔵坊弁慶と牛若丸(後の源義経)による五条橋での戦い、そして牛若丸に打ち負かされた武蔵坊弁慶が牛若丸と主従の契りを結ぶ筋立てである。武蔵坊弁慶の荒舞と牛若丸の少年の爽やかさ、勝負での牛若丸の柔と武蔵坊弁慶の剛の対照は、観ていて爽快であった。

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DSC_hokushin0053 posted by (C)dankichi0423
(鶯沢神楽保存会「安宅の関」武蔵坊弁慶の勧進帳)

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(鶯沢神楽保存会「安宅の関」武蔵坊弁慶涙の打擲)

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(鶯沢神楽保存会「安宅の関」主従涙の抱擁)

  十一番目、宮城県栗原市鶯沢鶯沢神楽保存会による「安宅の関」。兄源頼朝との不和により奥州平泉へ山伏姿に身をやつして北陸路を下る源義経主従。安宅の関にさしかかり、関守 富樫に咎められる。関守と武蔵坊弁慶の押し問答、武蔵坊弁慶機転の勧進帳、しかしそれでも疑いは晴れず、主君への涙の打擲となる。関守は武士の情けで見逃す。武蔵坊弁慶は詫びを入れ、自害しようとするが、源義経はこれを許し、「平泉まで頼む」という、主従信頼が見所の物語である。関守と武蔵坊弁慶のやり取り、涙の打擲、最後主従手を取り合い、涙ぐむ武蔵坊弁慶の感情が私達観客の心に深く入り込み、素晴らしい奉納であった。

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(中野神楽「小袖曽我」母満江御前 五郎へ形見の小袖)

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(中野神楽「小袖曽我」勘当を受ける十郎への五郎の一計)

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(中野神楽「小袖曽我」母満江御前 十郎の勘当を許し形見の小袖)

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(中野神楽「小袖曽我」五郎)

  十五番目、宮城県栗原市栗駒中野神楽による「小袖曽我」。曽我兄弟と母満江御前との別れの場である。父の仇を打たんと母満江御前に挨拶に来る兄五郎、母より形見の小袖を受け取る。次いで十郎、しかし、度重なる勘当により受け入れられない十郎、五郎は一計を案じ十郎を討たんとする。そこで母は五郎を止める。十郎の勘当を許し、母は十郎に小袖を渡す。五郎十郎は母に別れを告げ、富士の裾野へ向かう。それを見送り、無事を祈る母・・・という物語である。五郎の一計を案じる場、兄弟を見送る母満江御前の心情が深く伝わって来た。

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DSC_hokushin0098 posted by (C)dankichi0423
(中野神楽教室「鶏舞」中学生の躍動感あふれる舞)

  十六番目、宮城県栗原市栗駒中野神楽教室による「鶏舞」。後継者育成のため、中野神楽の指導を受けた中学生が舞った。私が以前から気になっていた中学生が舞うので、固唾をのんで観た。以前動画でその中学生が三番叟を舞っていたのだが、堂々とした舞振り、爽やかな口上が素晴らしかったのだ。その中学生は、躍動感あふれる舞を堂々と舞ってのけた。

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(城生野神楽会「敦盛玉織別れの場」平敦盛、玉織姫涙の抱擁)

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(城生野神楽会「敦盛玉織別れの場」平敦盛、玉織姫涙の別れ)

  最後は、昨年度優勝団体で特別出演の宮城県栗原市築館の城生野神楽会による「敦盛玉織別れの場」。一の谷の合戦に赴く平敦盛と妻玉織姫の別れの場である。別れの場で、平敦盛が玉織姫を抱きしめ、涙する場面は、現実的で、もの凄く心に響いてきた。さすが、優勝団体である。舞も口上も素晴らしかった。
  以上、奉納が終わり、審査の講評と結果が発表されて、大会は幕を下ろした。

※おまつりのあとで・・・娯楽性が高く、大会で見る機会が多いとされる南部神楽。しかし、地域のおまつりで奉納が行われ、式舞もきちんと伝承されている事、互いに日々研鑽を深めている事は、生きたものであると感じられた。伝承者の減少により団体数が減っているというが、小さな子供がじいっと見ている姿を見て、これからも末永く伝承してほしいと願った。



※この度の写真掲載に当たり、中野神楽、城生野神楽会、大森神楽保存会の許可を頂き掲載いたしました。また中野神楽佐藤広運師、城生野神楽会佐藤涼氏、大森神楽保存会様はじめ神楽衆の皆様には大変お世話になりました。この場を借りて、篤く御礼申し上げます。
  
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