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菊池修三師匠の思い出
Wed.21.11.2012 Posted in 雑感
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  菊池修三師匠。岩手県花巻市東和町石鳩岡に依拠する、早池峰嶽流石鳩岡神楽の師匠である。修三師匠との初めての出会いは、1年前の平成23年秋9月、小通(こがよう)稲荷神社例大祭奉納の時であった。まだ神楽座中とは全くの初対面、緊張の面持ちで過ごしていた。

  その時神楽舞台で、その後舞われる翁舞の支度を終えた老翁が泰然と坐していた。直面の老翁は、容姿風格が翁そのものであった。心打たれた私は、勇気を振り絞って「お写真撮らせて頂いても良いですか?」と尋ねた。「うむ。」と老翁は言葉少なであるが、許して下さった。その老翁こそが、修三師匠であった。この時の修三師匠の風格には、本当に圧倒された。今でも忘れられない一枚である。

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DSC_8394 posted by (C)dankichi0423
(神楽舞台で支度を終えて泰然と坐する「翁」修三師匠)

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DSC_8501 posted by (C)dankichi0423
(修三師匠の「翁舞」美しい舞)

  その後の修三師匠の翁舞は年齢に相応した、良い意味での「枯れた」翁の姿そのもので、ゆったりとした美しい舞であった。修三師匠が舞われたのは、この時が最後であり、貴重な一枚であった。

  翌日の駒形神社例大祭のお通り。分乗した車には、修三師匠が乗っていらっしゃった。しかし、寡黙でお話されても方言でコミュニケーションがとれない修三師匠とは全くお話ができず、もどかしかった。そして、あるお宅に到着した。そこは、修三師匠の恩師のお宅で、恩師はご健在であった。恩師を見かけた修三師匠は、さっと車を降りられ、恩師の下へ行き、旧交を温められていた。寡黙で普段言葉少なな修三師匠の、意外な姿であった。

  平成24年2月の初午の門打ち。家々を廻り、最後新宅祝の、神楽衆の真也さん宅で、祈祷権現舞を舞わせたとき、修三師匠が胴を取られた。修三師匠の撥さばきは、若い人に負けない、力強く大変素晴らしかった。

  菊池修三師匠は、昭和3年(1928年)石鳩岡生まれ。太平洋戦争の最中、衰徴しかけていた早池峰嶽流石鳩岡神楽を、胴取りの名手で、師匠神楽の岳神楽の小國誠吉師匠(故人)から認められていた一ノ倉保師匠(現在は引退)、菊池恭三師匠(故人)、弟の千葉志郎師匠と共に盛り立てられた。師匠達の世代は大変厳しく、次の世代達に稽古をつけてこられた。こうして、現在の早池峰嶽流石鳩岡神楽を伝承されてこられたのである。

  ・・・早池峰嶽流石鳩岡神楽を現在まで守り伝えてこられた菊池修三師匠。先日11月17日、永遠の眠りにつかれました。84歳でした・・・まだまだ私達に多くのことを伝えて頂きたかった。本当に悲しく、残念でなりません。どうかこれからも、空の彼方から、私達を見守り続けてください。ご冥福をお祈り申し上げます。  
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