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雄勝法印神楽 明神地区祭礼奉納
Sun.17.07.2011 Posted in 宮城県
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 雄勝法印神楽は、宮城県石巻市雄勝町にある神楽で、古くは「大乗神楽」「山伏神楽」と称されていた。法印神楽は、真言宗羽黒派修験「桃生十法印」の大浜「市明院」千葉家、雄勝浜「金剛院」小田家、大須浜「大性院」阿部家に伝わって来たものであり、在地化して互いに相集い、一子相伝で舞い伝えてきたものである。現在は雄勝法印神楽保存会が結成されて、神楽衆により伝承されている。
 この神楽がいつ頃から行われていたかは不明であるが、法印神楽のもっとも古い文書であろうと思われる大浜葉山神社宮司千葉家所蔵の「御神楽之大事」が元文四年(1739)のものであることから、江戸期まで遡ることができる。
 雄勝法印神楽の特徴として、「湯立ての神事」を行うこと、宮守と呼ばれる各地区にある世襲の旧家の庭先に神楽舞台が組まれて奉納されること、音調は宮太鼓二基(胴取り)と六孔の横笛一本(人)であること(太鼓が二基なのは羽黒派系の特徴)、「神談記(かんなぎ)」と言う詞章を唱え、胴取りの唱える神歌と囃子に合わせて、「四方切り」「鉾返し」、或いは指で「印」を切り、「反閇」や「寅」と言われる踏み足をして舞を舞うなど舞型等にも修験色の古風さを残していることである。
 演目は、古事記・日本書紀から取り入れたもので、初矢・岩戸開・笹結・魔王退治・五矢・叢雲・鬼門・道祖・日本武尊・蛭児・産屋等二十八番が伝承されている。これらは明治の廃仏毀釈により、仏語を排し、古事記・日本書紀の内容に組みなおされたものである。
 法印神楽は、春と秋に各地区の祭典において奉納される。奉納は、先述した宮守宅の庭先に二間四方の神楽舞台を組んで行われる。神楽が始まると、地区内外の老若男女が多数集まり神楽奉納を楽しむ。舞台に寄って固唾をのんで見守る人、舞手に合わせて舞を舞う舞上手な人、舞台に乱入して舞手と共に舞う人…神楽は地区の人達にとって、祈りであり、年に一度の楽しみなのである。神楽が生活そのものなのである。一方神楽も宮守始め、地区の人々の信仰により支えられて成り立っているのである。



(雄勝法印神楽 明神地区祭典奉納 平成22年5月30日)

1.道祖 2.岩戸開 3.笹結 4.五矢 5.魔王退治 6.蛭児 7.日本武尊

 石巻市雄勝町と雄勝法印神楽は、3月11日の東日本大震災において、大津波により甚大な被害を被りました。現在神楽衆始め雄勝町の方々は、地域生活を復興するべく立ち上がり毎日必死で活動を行われていらっしゃいます。その中で、生活と共にある神楽の灯を消して地域の人々が悲しい思いをしてはならない。そういう思いで、「雄勝法印神楽復興支援金」が立ち上がりました。

 http://www.geocities.jp/hoinkagura/sien.html

 皆様のご厚志により支援の輪が大きくなってきておりますが、しかし、地域・神楽は復興の歩みを進めている所であります。地域生活があっての神楽であり、神楽があっての地域生活であります。引き続き皆様のご支援を何卒よろしくお願いいたします。

〇参考文献
 「国指定重要無形民俗文化財 雄勝法印神楽」 宮城県雄勝町公民館など
 「雄勝町の文化財 雄勝法印神楽」 雄勝町教育委員会
 「法印神楽な奴」ホームページより

※この度の写真掲載に当たり、雄勝法印神楽保存会の許可を頂き掲載いたしました。この場を借りて感謝いたします。
 
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