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大須八幡神社祭典奉納 雄勝法印神楽 其の二
Sun.26.08.2012 Posted in 宮城県
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(雄勝法印神楽復興支援金窓口 引き続きご支援宜しくお願い致します「岡野玲子先生画」) 

「雄勝法印神楽 明神地区祭典」雄勝法印神楽の詳細や、震災前の姿をご覧ください)

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DSC_houinnoosu0004 posted by (C)dankichi0423
(雄勝法印神楽「湯立神事」)

  神輿が神楽舞台正面に安置され、舞台上に宮司、宮守、祭典役員が参集し、湯立神事が厳粛に行われた。太鼓、笛による「打ち鳴らし」のなか、宮司による祝詞、神楽師が、湯釜に沸かされた湯を笹に浸して、湯を祓う。湯立神事が行われないと、神楽は始まらない重要な神事である。

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DSC_houinnoosu0020 posted by (C)dankichi0423
(雄勝法印神楽「初矢」大須小学校の子供による舞)

  「デクン、デクン、デクン、デクン、デクスクデクスクデクスク・・・」勇壮な太鼓と笛が鳴り響き、神楽の魁として「初矢」が舞われた。「初矢」は国産み国作り神話を仕組んだ舞である。「初矢」は雄勝法印神楽の全ての基本となる舞であり、必ず「初矢」を習得して次の舞を習うのである。
  この日、「初矢」は、地元大須小学校の子供五人によって舞われた。この日のために、二月から一生懸命練習したのだそうだ。凛とした立派な舞と神談記(かんなぎ:口上)に、浜の方々始め多くの観客から、拍手が送られた。

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DSC_houinnoosu0029 posted by (C)dankichi0423
(雄勝法印神楽「魔王退治」素戔嗚命の神談記)

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(雄勝法印神楽「魔王退治」魔王の舞)

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(雄勝法印神楽「魔王退治」魔王の道化)

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(雄勝法印神楽「魔王退治」素戔嗚命の魔王退治)

  続いて「魔王退治」が舞われた。「魔王退治」は、高天原を追放された素戔嗚命が、諸国を巡っていた時、魔王が出没して邪魔をするので生業ができず悩み、苦しんでいる民を見て、素戔嗚命が魔王を服従させ、安住楽土を築くという舞である。雄勝の人々にとって、震災という困難を鎮めたいという思いが込められた舞であろうか・・・
  知慶という神が現れ、素戔嗚命を呼び出す。荒々しく姿を現わせた素戔嗚命は、知慶より、魔王退治を引き受ける。その後、舞台には、魔王三匹が現れる。魔王は細い青竹を持って舞う。舞の規則正しさや、潜りや跳躍がある点から、山伏修験による舞の名残を感じさせられる。一通り舞うと、魔王は舞台でだらりと寝込んだり、腕相撲を始めたり、舞台から降りて観客にちょっかいを入れたり…「道化」により観客を巻き込んで笑いの渦となる。魔王といっても、なんか怖さのない憎めない連中であり、こうした緩急のバランスが、観客を引き込む、神楽の魅力だと思う。
  やがて素戔嗚命が現れ、魔王と戦いが始まるが、命は魔王を組み伏せ、魔王は民に悪さをしないという手形を差出し、我先と逃げうせる。素戔嗚命が太刀を納め、舞を決めた時、観客から沢山の拍手が送られた。

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DSC_houinnoosu0046 posted by (C)dankichi0423
(雄勝法印神楽「道祖」)

  「道祖」は、導きの神、猿田彦命の舞である。猿田彦命は導きの神として、厄災を防いだり、道や港を作る神として崇められている。雄勝にとっては、これからの復興を祈願する、重要な舞なのである。
  雄勝法印神楽は、大津波により殆どの道具、衣装などを失い、今日まで復興を進めてきた。しかしその中で、大須浜では舞台は流されたものの面などは幸いに流されなかった。それにより、雄勝法印神楽は復興を進めつつ、今日まで活動を行えて来たのだ。従って、今回の大須浜の祭典奉納では、大須浜の面を用いて公演を行いたいという、神楽師達の強い思いがあったのだ。

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(雄勝法印神楽「岩戸開」)

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(雄勝法印神楽「岩戸開」)

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(雄勝法印神楽「岩戸開」手力雄命)

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(雄勝法印神楽「岩戸開」天鈿女命)

  爽やかな「道祖」の舞に続いて、「岩戸開」である。「岩戸開」は、雄勝法印神楽で最も重要な舞と位置付けられており、祭典奉納では必ず舞われなければならない舞である。素戔嗚命の乱暴に業を煮やした天照大神が、天の岩戸にお隠れになり、世の中は暗闇となった。神々が集まり、知恵を出し合い、岩戸の前で天鈿女命が懸命に舞い、神々はさんやさんやと賑やかにした。その時天照大神は気になり、岩戸を少し開かれた所、力持ちの手力雄命が岩戸を開き、世の中は再び明るくなる・・・という神話に基づいた舞である。天鈿女命の美しい舞、手力男命の勇猛な超人力、後半の手力雄命と素戔嗚命の戦いが見所の舞である。
  と、ここで神楽事務局の阿部さんから、お声がかかった。この度宮守さん始め、神楽保存会様のご好意により、御膳の席を頂戴することとなったのだ。今回訪問されていた岡野玲子先生ご夫妻はじめ、岩手のAさん・・・その末席に加えて頂いた。御膳には、ウニやアワビ等雄勝の海の幸が並んでおり、それを頂戴しながら、暫し神楽を座敷から鑑賞するという贅沢な時間を過ごさせて頂いた。

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DSC_houinnoosu0088 posted by (C)dankichi0423
(雄勝法印神楽「蛭児」蛭児が鯛を釣った!)

  少しほろ酔い加減になった頃、舞台では「蛭児」が現れた。雄勝は海を生業としている。そういう中で、豊漁、商売繁盛は、日々深く願うところである。「蛭児」は恵比寿様として、豊漁、商売繁盛の信仰の対象として、雄勝の人々から愛され喜ばれている舞である。
  蛭児は、笹の釣竿を持ち一指し舞う、その間道化の蛸が紙の切子の鯛を持って現れる。観客は「待ってました」と言わんばかりにやんややんやと賑やかになる。蛸は蛭児と釣りの駆け引きをしつつ、舞台から鼻毛を抜いて投げるわ、舞台から降りて観客席で一休みするわ・・・「おー釣れるぞ釣れるぞ?」「あー駄目だ!」繰り返し繰り返し、やがて蛭児は切子の鯛を釣りあげる。「釣れたぞ釣れたぞ!」観客から大きな拍手が上がった。雄勝にも再び大きな恵がもたらされるんだ・・・

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DSC_houinnoosu0093 posted by (C)dankichi0423
(雄勝法印神楽「蛭児」商いの場面 飛び入りのお母さん大活躍)

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(雄勝法印神楽「蛭児」商いの場面 飛び入りのお母さん大活躍)

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(雄勝法印神楽「蛭児」商いの場面 鯛の切子 豊漁や商売繁盛にご利益がある)

  やがて蛭児は舞台から去り、道化の蛸はさっきの切子の鯛をとり、そして多くの道化が現れた。そう、これから本日の「商い」が始まるのである。と、蛸はそこに観客席から一人のお母さんを招き入れ、お母さんも一緒に舞い始めた。雄勝は神楽が大好きなお母さんが多く、各浜に一人、舞上手道化上手がいるのである。やがて、商いが始まったが、お母さんは道化に負けない位「とんち」の効いた笑いを誘った。「大須養殖大尽講 百万両!」などと、商いが成立し、そのたびに、観客は「やんややんや!」と大喜びになる。目出度く、今日は豊漁商いも良し!とそこで、甚句が唄われる。お母さんは甚句に合わせて踊りだすと、観客の皆様大喜び、誠におめでとうございます!さて、切子の鯛は、豊漁や商売繁盛によいのか、地元の方々が競って求めに来、あっという間になくなるのだ。先ほどのお母さんも切子の鯛を頂き大変ご満悦である。こういう明るいお母さんや地元の人達が一つになる瞬間って本当にいいものだ。幸せになった。

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(雄勝法印神楽「鬼門」吽の舞)

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(雄勝法印神楽「鬼門」阿の舞 口で綱を切ろうとする)

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(雄勝法印神楽「鬼門」阿の舞 真剣で綱を切る)

  打って変わって、舞台と観客に緊張感があふれた。「鬼門」である。綱切り舞といわれ、素戔嗚命が「鬼門」=忌み嫌われる方角を打ち祓う舞である。綱は真剣をもって祓い、雄勝法印神楽でも、難しい舞なのである。その舞を、事務局でもあり、神楽師として若手から中堅になろうとしている阿部さんが舞った。
  まずは、「吽(うん)形」の面で、前半は押さえる様に舞う。緊張感も最高潮になってくる。やがて、「阿(あ)形」の面に変わり、荒々しい舞にかわる。やがて綱が張られ、素戔嗚命は始めその口で綱を切ろうとする。やがて真剣を抜き、剣を押し当て、剣を廻し・・・を繰り返す。観客も息を凝らし、固唾をのんで見守る。
  「ブツン!」綱を切った!静から動、阿吽の舞、大変美しい舞であった。観客からも惜しみない拍手が送られた。終わった後、楽屋で素戔嗚命から戻った阿部さんは、大汗をかきながら、安堵の表情を浮かべていたのが印象的であった。

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(雄勝法印神楽「笹結」田中明神 神談記)

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(雄勝法印神楽「笹結」田中明神と五鬼王の戦い)

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(雄勝法印神楽「笹結」田中明神と五鬼王の戦い)

  熱気と興奮が冷めやらぬ中、「笹結」が始まった。五鬼王と田中明神による戦いが見所の荒舞である。五鬼王と田中明神は舞台上で一差し戦ってから、宮守宅庭で戦い、さらに海へと下り戦って後、海で手を合わせた。本来は、戦いながら各家々を廻り、祈願を行うのだが、この日は海から宮守宅へ戻り、祈願を行い、再び舞台上で戦った。やがて五鬼王は退治され、田中明神が刀を納めた。大きな拍手が送られた。

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DSC_houinnoosu0146 posted by (C)dankichi0423
(雄勝法印神楽「日本武尊」岩永姫 色気が漂う)

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(雄勝法印神楽「日本武尊」日本武尊 猛々しい怒りが伝わる)

  日も西に没しようとしていた。最後の演目「日本武尊」が始まった。八岐大蛇を退治し得た宝剣「天の叢雲」を、岩永姫に化身した鬼女が、日本武尊から奪い、日本武尊は鬼女と戦いこれを退治するという、荒舞でも有名な舞である。
  岩永姫に化身した鬼女は、保存会長が舞われた。保存会長は、女舞の名手で、岩永姫の押さえた色気の舞を見事に舞われた。私はその魔力と云おうか魅力に引き込まれていた。
  やがて、宝剣を奪われ、怒れる日本武尊が現れた。日本武尊は、ベテランの神楽師永沼さん、荒舞の名手の一人である。荒々しい舞と神談記に、興奮を覚えた。

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(雄勝法印神楽「日本武尊」日本武尊と鬼女の戦い)

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(雄勝法印神楽「日本武尊」日本武尊と鬼女の戦い)

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(雄勝法印神楽「日本武尊」日本武尊と鬼女の戦い)

  岩永姫に化身した鬼女はやがて荒々しく現れ、着物を投げつけ、日本武尊はホコで払いのける。鬼女は、舞台の天蓋に乗り、誇らしく立ち上がった。「日本武尊」最大の盛り上がりの場面である。観客も、心躍らせ、もう最高潮である。鬼女は天蓋にぶら下がり、日本武尊とホコを何度も交えた。勝負つかず、ついに舞台上で相見える。息を呑む。ホコから剣を交え、遂に鬼女は打ち取られ、日本武尊はその首級を誇らしげに上げる。やがて太鼓は急調子に変わり、日本武尊は直面となり、人間の姿でチラシを舞う。舞い終えた時、観客からは名残を惜しむかのように割れんばかりの拍手が起きた。

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DSC_houinnoosu0193 posted by (C)dankichi0423
(神楽が終わり神輿の還御)

  すると、地区の若者が再び集まり、神輿を担ぎ「チョーサイト!」と練り歩いた。観客も地元の方々もおまつりの終わりを惜しむ気持ちを知っているかのように、いつまでもいつまでも宮守宅庭で、神輿は練り歩き、日が傾かんとした頃、神社へと還御となった・・・
  還御後、私は保存会長様はじめ何人かの神楽師さんとしばしお話をしていた。すると、明神浜の神楽師山下さんと偶然お話ができ、明神浜の様子を伺えた。残念ながら何人かの犠牲者は出たが、多くの方が無事であること。そして、私がずっと気になっていた、明神浜きっての舞上手なお母さんは、山下さんのお母様であり、そしてご無事だという。私は安堵と共に涙がにじんだ。また、明神浜で出会った塩釜のカメラマンの方もいらっしゃり、無事であったことは嬉しかった。

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DSC_houinnoosu0197 posted by (C)dankichi0423
(おまつりのあとで 宮守さん宅での直会)

  暗くなった宮守さん宅では、神楽師と祭典役員による直会がかたられていた。祭典役員さんの一人が津軽三味線をひき、保存会長さん始め喉に自信のある方々が甚句を唄われた。そして、祝唄でおひらき。大須浜の祭典は終わりを告げた。
  おまつりの後で・・・雄勝ではその後、桑浜、立浜でも天候に恵まれ祭典、神楽奉納が行われ、春季祭典は、盛大に、終わりを告げた。雄勝は、また雄勝法印神楽は、真の復興はまだまだこれからである。しかし、おまつりと浜の人々の絆は確かに生きている。生きている限り、雄勝は絶対に立ち上がる。そう信じている。



※この度の写真掲載に当たり、雄勝法印神楽保存会の許可を頂き掲載いたしました。また大須浜の宮守さま始め祭典役員の皆様、神楽保存会長伊藤博夫様、事務局の阿部久利様始め神楽師の皆様、浜の多くの皆様の御縁により撮影が行えました。お一人お一人に、この場を借りて感謝いたします。
  
   
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