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黒森神楽南回り巡行宿 釜石市鵜住居町根浜宝来館
Wed.20.03.2013 Posted in 岩手県
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  平成25年2月9日(土)、10日(日)岩手県釜石市鵜住居町根浜にある旅館宝来館で行われた、黒森神楽南回り巡行宿の様子を探訪した。
  黒森神楽は、岩手県宮古市山口の黒森山中腹にある黒森神社(古くは黒森大権現社と呼ばれる神仏習合の霊山であった。)に依拠する神楽である。黒森山では、古くは8世紀(奈良時代)に密教法具が出土しており、古代から信仰拠点であったことが窺える。また権現様は、古くは建武元年(1334)南北朝期と推定されるものをはじめ、20頭もの「隠居さま」が残されており、歴代の為政者により手厚く保護されてきたことが分かる。また黒森山自体が、宮古湾を航海する漁業者などのあて山(目印)となったことから陸中沿岸の漁業・交易者を守護する山として深い信仰を集めていた。

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horai0089 posted by (C)dankichi0423
(黒森神楽権現様)

  黒森神楽は、正月になると黒森神社の神霊を移した「権現様」(獅子頭)を携えて、黒森神社から「舞立ち」を行い、陸中地方沿岸の集落を廻り、家々の庭先で権現舞を舞って悪魔祓いや火伏祈祷を行う。夜は宿と呼ばれる、地域の有力者の屋敷で神楽幕を張り、夜神楽を演じて、五穀豊穣・大漁成就・商売繁盛などの祈願舞によって人々を楽しませて祝福をもたらしているのである。
  この巡行は、旧盛岡藩の沿岸部を、北は宮古市山口から久慈市までの「北廻り」と釜石市までの「南廻り」を隔年で廻村し、近世からその範囲は変わっていない。現代に至るまで、これだけ長期で広範囲に巡行を行う神楽は全国的にも珍しい、貴重な生きた信仰の拠り所である。
  黒森神楽は、初めに書いたように、宮古市黒森の黒森神社の権現様を奉じた神楽であるが、それを担う神楽衆は、宮古市、宮古市田老、岩泉町、大槌町などそれぞれの地域で芸能を担う者が、胴取によって選抜された、精鋭たちである。
  黒森神楽は、平成23年3月11日の東日本大震災に直面した、神楽衆で家や仕事場、道具類が流された方がいらっしゃったが、幸い神楽衆全員は無事であった。また、震災翌週が黒森神社へ神上げであったが、権現様始め、道具は高台にあり、無事であった。(神楽衆は口々に「権現様のおかげだ」と言われている。)震災以降、神楽衆は、巡行先では、必ず震災の犠牲者のご供養のために神楽念仏を行っている。

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horai0003 posted by (C)dankichi0423
(旅館宝来館 震災の時は2階まで津波が押し寄せたという)

宝来館ホームページ

  さて、平成25年は南廻りの巡行であり、旅館宝来館は、平成17年から神楽宿を引き受けていらっしゃる。東日本大震災の時も、震災2週間前に黒森神楽の宿を行っていらっしゃったが、津波で大きな被害を受けられた。かつての三陸津波ではその高さまで来なかったため、旅館が避難場所となっていたが、今回の震災では、旅館の2階まで津波は押し寄せたのである。幸い女将さんや従業員の皆様の機転で切り抜けられた(女将さんは、近所の方々をその瞬間まで避難誘導されており、一瞬津波に呑まれたものの、間一髪助かった。)が、周辺地域は大きな被害を受けられた。私は、宝来館に津波が押し寄せる瞬間の映像を見ており、そのすさまじさに、いまだに頭から離れない。その後、女将さんが先頭となり、避難所として、生活支援に奔走され、その年の12月には、旅館として再始動されたのである。そして、平成25年2月、2年ぶりに震災後初めて、黒森神楽の巡行宿となったのである。なお、今回の神楽巡行には「いわて民俗観光プロジェクト」主催による「いわて民俗芸能フォーラム」として、広く皆様に神楽宿を体験してほしいという趣旨で行われたことも附記しておきたい。
  釜石駅で、主催者の一人、阿部武司さん達と合流し、宝来館まで同乗させて頂いた。途中通った鵜住居町は、特に被害が大きく、言葉が出なかった。やがて、松林が見えてきた。根浜海岸である。そして宝来館に到着した。
  宝来館には、既に、黒森神楽衆も到着しており、阿部さんを通じて、皆様とご挨拶させて頂いた。そして、女将さんや従業員の皆様、地元の産直を販売されている皆様にもご挨拶した。後にも何度も書くが、女将さんは本当に心配り下さる、優しく暖かい方で、従業員の皆様も隅々まで心を配ってくださり、ありがたかった。

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horai0008 posted by (C)dankichi0423
(榊弊や紙垂等の支度をする神楽衆)

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horai0013 posted by (C)dankichi0423
(シットギ団子を作る若い神楽衆)

  さて、宿の1階にある大広間で神楽が行われる。神楽幕が張られて、神楽衆が準備を始めていた。幕の後ろでは、神楽衆3人が、「清祓」につかわれる桃の枝に紙垂をつけ、「山の神」などで使われる榊弊を作り、神楽幕に付ける紙垂を作られていた。一方、厨房では、一番若い神楽衆が、権現様にお供えする「シットギ団子」が作られていた。「初めてだから、どれくらいの按配かなかなか分からなくて・・・。」と戸惑い気味だったが、なんとか団子を練り上げた。

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horai0017 posted by (C)dankichi0423
(根浜海岸での「神楽念仏」)

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horai0016 posted by (C)dankichi0423
(根浜海岸での「神楽念仏」)

  準備が整うと、神楽衆の一部は着物に着替え、権現様を奉じ、笛・太鼓・手平鉦で拍子を「寄せ太鼓」を打ち鳴らし、道行きした。そして。海岸に下り、「神楽念仏」を始めた。「神楽念仏」は、「墓獅子」などとともに、死者供養、先祖供養を行うのである。根浜海岸のある大槌湾でも多くの犠牲者が出た。「神楽念仏」により供養が行われた。海を見ると大変な被害をもたらしたのが不思議なくらい静かであった。「昔はもっと砂浜があったが、地盤沈下で、殆ど無くなってしまった。」地元のお爺さんの言葉がつらかった。
  「神楽念仏」が終わると、権現様を玄関にお休みいただいた。通常の巡行の場合、宿に入るまでの間、集落を廻り、祈祷を行っているのである。それで宿に入ると一旦玄関でお休みいただくのである。

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horai0033 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」の準備をする神楽衆)

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horai0029 posted by (C)dankichi0423
(夜神楽で使用する面を吊り下げる)

  神楽衆は、シットギ舞いこみの準備のため、着替えを始める。たすきがけなどは、若い神楽衆は先輩に助けてもらっている。その脇では、別の神楽衆が、夜神楽で使う面を紐に吊り下げていた。「こうやるのですか?」「そうです」裏側というものは普段見せて頂くことができないため、大変貴重であり、勉強になる。  

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horai0038 posted by (C)dankichi0423
(「道化」の神楽衆ひとときの一服)

  外では、いち早く着替えられていた「道化」の神楽衆がいたので、談笑していた。「面をつけなくても舞いこみできますね(笑)」「なにを言う(笑)俺の方がかっこいい。お前さんが似とる。ほれもっとけ。」と「道化」の面を渡され、自分は悠然と煙草を吸い始められた。

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horai0047 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」七つ物の拍子で舞う)

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horai0055 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」権現様と共に)

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horai0056 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」見物人にオマブリとしてシットギを塗る)

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horai0074 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」権現様の舞)

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horai0081 posted by (C)dankichi0423
(「シットギ舞い込み」宿の火伏せ)

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horai0085 posted by (C)dankichi0423
(権現様を宿に安置し、神楽衆一同が拝礼する)

  「お!皆来たか。ほれ、面こさかえせ。」いよいよ神楽衆が揃い、「寄せ太鼓」が打ち鳴らされ「シットギ舞い込み」が始まった。「シットギ舞い込み」は、権現様が宿に入る時に必ず行われる儀礼である。さっきシットギ団子を作った残り汁の入ったボール(本来は臼)を中央に安置し、そこで、杵や太刀を持った6人の舞手とすりこぎをもった1人の道化の7人で、七つ物を舞う。余談であるが、岩泉町小本に伝わる「中野七頭舞」は、このシットギ舞い込みから始まったとされる。軽快な拍子に、舞い手は掛け声を上げなから、軽妙に舞う。やがて、権現様のオマブリ(お守り)として、見物人の額や顔に付けてまわる。一通りまわったら、ショシャ舞をして、権現様を奉じ、そして権現様を舞わせる。その間に一人の神楽衆が割木に火をつけて地面に置く。権現様が舞を舞い終えたら、最後にその火を踏み、火伏の祈祷をして、宿に入り、権現様を安置する。宿に安置した権現様にシットギ団子を供え、黒森神社の五王法印と木札を中心に据える。そして、神楽衆一同が拝礼する。これで、舞い込みがおわるのである。

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horai0086 posted by (C)dankichi0423
(宿主の女将さんが権現様に拝礼する)

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horai0088 posted by (C)dankichi0423
(見物人が権現様に拝礼する)

  安置された権現様に、まずは宿主である女将さんが拝礼する。その後は、めいめいが権現様に拝礼を行う。黒森神楽が巡行する地域では、必ず席に付く前に、権現様に拝礼を行うのだ。権現様への信仰の篤さを感じる。私も、権現様に拝礼を行った。
  シットギ舞い込みが終わって、夜神楽まで時間があった。シットギ舞い込みの頃から、見物人が増えてきた。玄関では、産直品やおにぎりの販売、甘酒やひっつみのふるまいが行われていた。女将さんは、見物人に「どうぞ、どうぞ」と甘酒を配り歩いたり、神楽衆の夕食へのご案内をしたり、お客様のお話のお付き合いをされたり、本当に心配りのあるおもてなしをして下さっていた。

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horai0090 posted by (C)dankichi0423
(「打ち鳴らし」)

  午後6時、夜神楽の始まりである。神楽衆が座揃いし、まずは「打ち鳴らし」からはじまった。神座を設けて神々を招く神おろしの歌やかぐらの由来をうたい、神楽を始めるとき必ず行われる。 
  黒森神楽は、「打ち鳴らし」にはじまり、必ず舞わなければいけない祈祷的要素の強い「役舞」と岩戸系と御神楽系が中心となる。そして狂言をはさんだ後「山の神舞」で中入りとなり、「恵比寿舞」で幕を上げる。

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horai0097 posted by (C)dankichi0423
(「清祓」)

  「清祓」役舞である。伊弉諾の尊が桃の枝を持ち、清め祓う舞である。桃の木は邪気を祓う呪力を持つ木とされる。

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horai0116 posted by (C)dankichi0423
(「榊葉」繰り返される回転)

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horai0120 posted by (C)dankichi0423
(「榊葉」ダイナミックな跳躍)

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horai0128 posted by (C)dankichi0423
(「榊葉」御神酒を胴取りにふるまう)

  「榊葉」役舞である。直面で鳥兜をかぶり、女物の襦袢に脱ぎたれで襷をかけ、榊弊、錫杖、扇を持って舞う。祓い清めと祝福が込められた祈祷舞である。回転や激しい跳躍を伴う、黒森神楽の基礎の舞である。基礎の舞といっても、繰り返される回転やダイナミックな跳躍は、見る者の目を見張らせる。今日も、神楽衆の若手がつとめたが大変立派な舞であった。最後、大きな漆の片口に御神酒が注がれ、権現様に拝礼し、清めた後、自らが飲み、そして胴取り、宿主の女将さん、また見物人にもふるまわれた。

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(「岩戸開」新開き 天鈿女命が笹を採り舞う)

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(「岩戸開」新開き 天鈿女命が印を結ぶ 陸中沿岸地方の御子舞の影響)

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horai0152 posted by (C)dankichi0423
(「岩戸開」新開き 岩戸が開く)

  「岩戸開」新開きと言われる舞で、手力雄命、布刀玉命、天津児屋根命、天鈿女命が集まり、天鈿女命が笹を持って舞う。ここで興味深いのが、天鈿女命が印を結ぶのである。これは、陸中沿岸地方の御子舞の要素が入っているのである。やがて岩戸が開き、天照大神が現れる。そして神々により御祝いがあげられるのである。

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horai0168 posted by (C)dankichi0423
(「大蛇退治」素戔嗚命に酒を呑まされる八岐大蛇)

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(「大蛇退治」素戔嗚命と八岐大蛇の攻防)

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(「大蛇退治」座敷に乱入し、子供にちょっかいを入れる八岐大蛇)

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(「大蛇退治」艶っぽい八岐大蛇)

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horai0188 posted by (C)dankichi0423
(「大蛇退治」八岐大蛇を退治した素戔嗚命は叢雲の剣を見つける)

  「大蛇退治」素戔嗚命の八岐大蛇退治伝説をわかりやすくしたものである。素戔嗚命は八岐大蛇に酒を呑ませ、大蛇はしたたかに眠る。命が退治せんとすると、大蛇は座布団を投げるわ、物を投げるわの抵抗を試みる。時には櫛田姫にちょっかいをだしたりする。果ては客席に乱入し、赤ちゃんを抱きあげるわ、子供を抱き上げるわ、お菓子を投げてくれるわ、最後は肌もあらわに艶っぽい体を披露してくれる。八岐大蛇、その暴れっぷりが大笑いを誘い、地元では結構な人気者である。しかし最後は大人しく(?)素戔嗚命に退治される。大蛇の首をとり叢雲剣を見つけ、天照大神に献上する。そして足那槌、手那槌の娘櫛田姫と結婚するのである。

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horai0203 posted by (C)dankichi0423
(「松迎」千秋、万歳の兄弟による息の合った舞)

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(「松迎」早い拍子で躍動感あふれる舞)

  「松迎」役舞である。千秋、万歳の兄弟が正月の門松を立てて新年を祝う舞である。この「松迎」扇を手に採り、流れるような、柔らかな舞で、二人息が合ったところが美しい。また、面をとった後半は、さらに早い拍子で躍動感あふれる舞を舞うのも美しかった。

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(「山の神」手印による祈祷色が強い舞)

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(「山の神」最も大切な祈祷舞)

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horai0231 posted by (C)dankichi0423
(「山の神」ダイナミックな跳躍)

  「山の神」役舞である。黒森神楽にとって最も大切な祈祷舞で、必ず演じられなければならない。山林、狩猟、農耕や漁業の神でもある。12人の子を持ったという山の神の本地が語られる前半は、反閇、手印や刀など、修験的要素の強い、赤いいきんだお顔の面による舞から、直面での激しい跳躍と回転の舞が見所である。最後、榊場と同じく、大きな漆の片口に御神酒が注がれ、権現様に拝礼し、清めた後、自らが飲み、そして胴取り、宿主の女将さん、また見物人にもふるまわれた。

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horai0239 posted by (C)dankichi0423
(お中入り 花ぶれが行われる)

  ここで、お中入りとなり、花ぶれがおこなわれて、場の雰囲気は「ほっ」と和やかになった。この時、次の演目が気にかかった。というのも、阿部さんから、「今日は宝来館の女将さんらしい演目構成になるから。」と言われていたからだ。確かに中入りまでは、見ごたえのある演目であったし、女将さんも、見物人に甘酒をおすすめしたり、いそいそと、立ち振る舞いつつも、時々、にこにこと神楽をご覧になられていたからだ。「中入り後も楽しみにして!」という阿部さんの言葉に、期待を膨らませた。

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(「恵比寿舞」恵比寿様の登場で見物人は喜ぶ)

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(「恵比寿舞」鯛がくいつくも中々釣れない)

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(「恵比寿舞」鯛が釣れて目出度い恵比寿様)

  「恵比寿舞」大漁祈願と航海安全を祈願した舞で、陸中沿岸地方では欠かすことのできない舞である。福々しい恵比寿様が、釣り竿をもって、扇を採り一差し舞った後、いよいよ、釣り糸を手繰り、釣針を付け、餌を付ける。途中指を刺して「痛!」という仕草が細かくて面白い。恵比寿様の所作一つ一つに、見物人から笑いがでる。そしていよいよ海へ投げた。ここで、おかみさんが鯛を持って「ここだよー。」と誘いをかける。恵比寿様は釣ろうとするが、逃げられる。ここでも笑いがでる。もう一度投げた、そしてかかった!恵比寿様こんどは逃さじと必死で引っ張る。女将さんも鯛を巧みに操って必死で逃げる様を演じる。見物人も固唾をのむ。釣った!恵比寿様は釣った鯛をすぐにしめる。しかし、その時の鯛のはねる動きが、何ともうまい。しめてしめて、鯛はぴく、ぴくやがてしめられる。見物人から拍手が沸いた。そこで、恵比寿様が「大黒さん、大黒さん」と呼んだ。え?知らない演目だなあ。ここで演題幕が変わった。

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horai0261 posted by (C)dankichi0423
(「七福神」恵比寿様に呼ばれて、ほかの神様を呼びに行くことになった大黒天様)

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horai0265 posted by (C)dankichi0423
(「七福神」七柱の神様が一献酌み交わす)

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(「七福神」宴でひと差し舞う恵比寿様)

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(「七福神」宴で真室川音頭を躍る弁財天様 実は神楽衆の長老です)

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horai0276 posted by (C)dankichi0423
(「七福神」大黒天様より大袋と打出の小槌という「福」を授かる宿主の女将さん)

  「七福神」役舞である。恵比寿様は大黒天を呼ばれると、「今日は宝来館に来たから、ほかの神様を呼んで下さい。」と頼む。「恵比寿さんの頼みなら。」と大黒天は、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の神々を呼ばれる。そして、それぞれにお酒を酌み交わし、宴となる。それぞれの神様は踊りを披露する。見物人も一緒に手拍子を打つ。弁財天さんは、真室川音頭を踊りだすと、もうなんだか幸せな心地である。七福神に福々しく、祝福を頂いた。女将さんも嬉しそうである。最後大黒天さんが踊った後、大きな袋と打ち出の小槌を、宿主の女将さんに授けた。大きな拍手が上がった。七福神さんの祝福は、旅館宝来館様に対してだけでなく、地域の皆様、そして私達にも分けてくださったのか。本当に女将さんの心配りに感謝したと同時に、七福神を演じてほしかった女将さんの気持ちが分かったような気がした。七福神が終わり、これで幕上げとなった。
  翌朝からは、昼神楽が行われた。「打ち鳴らし」「二人岩戸開」「岩長姫」「狂言鍛冶屋」「山の神」「恵比寿舞」「節分」を、見物人として堪能した。

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horai0284 posted by (C)dankichi0423
(「舞い立ち」権現様を舞わせる神楽衆)

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horai0287 posted by (C)dankichi0423
(「舞い立ち」権現様の身固めを受けられる女将さん)

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horai0288 posted by (C)dankichi0423
(「舞い立ち」権現様の身固めを受けられ、手を合わせるおばあさま)

  そして、神楽衆が宿から立つ「舞い立ち」となった。ショシャ舞の後権現様を舞わせ、そして厨房、宝来館の守り神である観音様を祈った後、宿主の女将さん、そして見物人一人一人に「見固め」をして、舞い立ちとなった。

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horai0293 posted by (C)dankichi0423
(舞い立ちの後で 神楽衆と宝来館の女将さん、従業員、地元の皆様で)

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horai0294 posted by (C)dankichi0423
(宝来館の女将さん岩崎昭子さん 女将さんの力強さと明るさ、心配りに励まされました 感謝)

  宝来館様での巡行では、黒森神楽衆の鎮魂への思いと、多くの方々を元気づけようという心意気、そして宝来館の女将さんや従業員ご一同様の心尽くしには、本当に励まされた。再来年の南廻りでは宝来館の宿の時は是非行きたいし、これからも黒森神楽を見守っていきたいと思った。



※この度の写真掲載に当たり、黒森神楽保存会の許可を得て掲載いたしました。また、同保存会神楽衆代表松本文雄様はじめ神楽衆ご一同様、宮古市教育委員会 假屋雄一郎様には、大変お世話になりました。また阿部武司様、いわて民俗観光プロジェクト寺井良夫様には、会場内外でご援助賜り大変助かりました。最後に宿主の旅館宝来館女将岩崎昭子様そして従業員ご一同様、笑顔を絶やさぬ御心尽くしに大変感謝感動いたしております。この場を借りて篤く御礼申し上げます。
    
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