スポンサーサイト
--.--.--.-- Posted in スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
岩手県花巻市 春日流鹿踊 東京上野を雄々しく躍る!
Wed.07.08.2013 Posted in 東京都
0 comments 0 trackbacks
  平成25年8月3日(土)朝、東京JR上野駅で東北地方へ向かう団体旅行客を「おもてなし」するという企画で、岩手県花巻市の春日流鹿踊が舞われた。

DSC_kasugaueno0026
DSC_kasugaueno0026 posted by (C)dankichi0423
(春日流鹿踊 一番庭)

DSC_kasugaueno0033
DSC_kasugaueno0033 posted by (C)dankichi0423
(春日流鹿踊 一番庭)

DSC_kasugaueno0032
DSC_kasugaueno0032 posted by (C)dankichi0423
(春日流鹿踊 一番庭)

  春日流鹿踊は、皆様も見たことがあるであろう、鹿が温泉に浸かって癒されている岩手県の観光ポスターでお馴染みの団体である。
  鹿踊は、主に旧仙台藩領(宮城県北から岩手県南)に分布する。岩手県花巻市では岩手県花巻市春日流鹿踊保存協議会として落合、上ノ山、湯本、八幡、鍋倉、八日市の6団体が活動している。昭和49年(1974年)には県の無形民俗文化財に指定されている。
  太鼓を自ら打ちながら踊る太鼓踊り系の鹿踊は、踊り手8人で構成され、鹿の群八頭には首領がいて、中立(なかだち)と呼ばれ中央に立つ。中立が先導する太鼓に合わせて踊が変化する。衣装にはササラ、お面、幕、ナギス、太鼓、袴の20キロを身につけ、太鼓を打ち鳴らし歌う、一人三役の勇壮な踊りである。
  演目には、一番庭踊り、二番庭踊り、案山子踊り、お鞍踊り、屋形踊り、綱踊り、露喰み踊り、鉄砲踊り、お馬屋踊りがあり、一つの演目時間が約40分である。
  今回は、五頭立てで、一番庭をおよそ10分間舞われた。
  舞は静と躍動感があり、大変素晴らしかった。お客様から沢山の拍手があり、次々と記念撮影をされて堪能されているようだった。



※今回の撮影、掲載に当たり、社団法人花巻観光協会の高橋修様に大変お世話になりました。この場を借りて、御礼申し上げます。
突っ走りすぎて小休止
Thu.18.07.2013 Posted in 雑感
1 comments 0 trackbacks
  このブログを始めて、二年経った。ブログを始める以前から、精力的に歩き回った。特に東日本大震災以降は、東北を中心に精力的に歩き回った。今年も年明けから第一四半期までは、愛知県奥三河から岩手県釜石市までとまさに東奔西走の様であった。しかし、三年前にある病に倒れ、復職後も、昨年春に再度倒れ、この五月に三度倒れて、現在会社を休んでいる状況である。主治医からは、今年年内いっぱい、各地の探訪を辞めることを宣告され、受け入れた。
  従って、病気療養のため、年内いっぱいの郷土芸能取材活動その他一切を、お休み致します。関係各位にはご迷惑をおかけ致しますが、何卒宜しくお願い致します。
  
  そして年明けには、再び元気な心体で、おまつり探訪したいと思います。

 ishihatookanagoshi0030
ishihatookanagoshi0030 posted by (C)dankichi0423
(早池峰嶽流石鳩岡神楽 祈祷権現舞 権現様に病災を噛んでお祓いいただきたいが叶わず・・・)
奥三河の賦 春から初夏へ
Wed.01.05.2013 Posted in 風土
0 comments 0 trackbacks
  今年の桜前線は、三月末から四月にかけて、全国を素早く北上した。一方で、寒い日が続き、農作業にも影響が見られている。

DSC_okumikawaharusyoka0053
DSC_okumikawaharusyoka0053 posted by (C)dankichi0423
(月 満開の八重桜)

  そんな中、春を探しに、愛知県北設楽郡東栄町を訪ねた。
  東栄町は、奥三河と呼ばれる地域で山々が幾重にも重なり、振草は山間の谷間に位置する。谷間に位置する当地では、山の斜面を背にして前に石垣が積まれるか、裏の斜面を掘り下げて平地を作り屋敷地とする例が多い。家々では、山間の谷間に少ない土地を切り開き、耕地では、米、麦など、また茶、楮などの作物を生産してきたのである。

DSC_okumikawaharusyoka0012
DSC_okumikawaharusyoka0012 posted by (C)dankichi0423
(中設楽 蓮華草)

DSC_okumikawaharusyoka0014
DSC_okumikawaharusyoka0014 posted by (C)dankichi0423
(中設楽 白藤)

DSC_okumikawaharusyoka0018
DSC_okumikawaharusyoka0018 posted by (C)dankichi0423
(中設楽 八重桜)

DSC_okumikawaharusyoka0029
DSC_okumikawaharusyoka0029 posted by (C)dankichi0423
(中設楽 鯉幟)

  まず中設楽(なかしたら)という集落を訪ねた。中設楽は山間部の中の盆地になっており、そこに家々が字ごとに立ち並び、耕作が行われている。田圃には水が張られ、代掻きが行われていた。もう田植えの日が近いのだろう。また、端午の節句が近いこともあり、鯉幟が立てられていた。奥三河では、家紋と武者絵を染めぬいた幟旗を一本と、鯉幟を一本ないしは二本立てている所が多い。花々を見ると、染井吉野はもう散り、黄緑色の若葉が美しかった。しかし、八重桜が満開で、桃色の美しく嫋やかな花々が咲き誇っていた。また、藤、白藤が満開で、香しい香りをたたえていた。田圃の畔には、蒲公英、蓮華草・・・の野草が美しく鮮やかに彩っていた。

DSC_okumikawaharusyoka0032
DSC_okumikawaharusyoka0032 posted by (C)dankichi0423
(月 御殿川 藤の群生)

DSC_okumikawaharusyoka0034
DSC_okumikawaharusyoka0034 posted by (C)dankichi0423
(月 田植え)

DSC_okumikawaharusyoka0035
DSC_okumikawaharusyoka0035 posted by (C)dankichi0423
(月 田植え)

DSC_okumikawaharusyoka0040
DSC_okumikawaharusyoka0040 posted by (C)dankichi0423
(月 田植え)

DSC_okumikawaharusyoka0048
DSC_okumikawaharusyoka0048 posted by (C)dankichi0423
(旧月小学校 校舎の破風 月で兎が餅を搗く)

  次に月という集落を訪ねた。途中御殿川(ごてんがわ)には美しい藤の群落があった。そして集落にたどり着くと、あちこちの田圃で田植えが行われていた。田植は一人が大小機械で植えていたが、もう一人、すきで田をならしていた。田植えの終った田圃は、澄んだ水の中で凛と伸びていた。更に集落を歩くと、馬頭観音や石仏が祀られていた。奥三河では、こうした石塔石仏があちこちで祀られている。花は、八重桜が方々で満開であった。途中、廃校となった月小学校を訪ねた。こうして昔の学校が残っている所は少ない。地域で守られているのか、美しく守られていた。破風をみると、月の中で兎が餅をついていた。なんとも粋な意匠であった。

DSC_okumikawaharusyoka0067
DSC_okumikawaharusyoka0067 posted by (C)dankichi0423
(下粟代 集落を望む)

DSC_okumikawaharusyoka0072
DSC_okumikawaharusyoka0072 posted by (C)dankichi0423
(下粟代 褌姿の案山子が畑を見守る)

DSC_okumikawaharusyoka0064
DSC_okumikawaharusyoka0064 posted by (C)dankichi0423
(下粟代 山吹の群生)

DSC_okumikawaharusyoka0080
DSC_okumikawaharusyoka0080 posted by (C)dankichi0423
(下粟代 芝桜 紋白蝶)

DSC_okumikawaharusyoka0097
DSC_okumikawaharusyoka0097 posted by (C)dankichi0423
(下粟代 明くる月と八重桜)

  続いて、下粟代の集落を訪ねた。ふと橋を渡って左手を見ると、畑には右手に包丁を持ったふんどし姿の男性の案山子が立っていた。作者もモデルも良く知る人である。笑いがこみあげてくる。雀共もきりきり舞いに逃げ出すだろう。振り返ると、自宅に黒い物体が干してあった。蜂の巣である。蜂の子にして食した跡である。川を再び渡ると、黄色い花々が新緑の木立の中に咲いていた。山吹である。山吹の花は、花弁が五つ、いくつもの花がひと塊となって、咲いていて大変美しかった。その他集落では白藤、八重桜、芝桜が満開であった。

DSC_okumikawaharusyoka0092
DSC_okumikawaharusyoka0092 posted by (C)dankichi0423
(桑原 桃源郷)

DSC_okumikawaharusyoka0094
DSC_okumikawaharusyoka0094 posted by (C)dankichi0423
(桑原 風にたなびく鯉幟)

  さらに上に上がると、桑原の集落がある。そこでは、八重桜、芝桜、チューリップが満開で「桃源郷」のようであった。


DSC_okumikawaharusyoka0095
DSC_okumikawaharusyoka0095 posted by (C)dankichi0423
(下粟代 田植え)

DSC_okumikawaharusyoka0096
DSC_okumikawaharusyoka0096 posted by (C)dankichi0423
(下粟代 田植え)

  桑原と下粟代の境にある田圃でも田植えが行われていた。
  奥三河では、春から初夏へと向かうその時を見た。


下粟代の花 切り草と準備 滝祓い 高嶺祭り 辻固め
Sat.06.04.2013 Posted in 愛知県
0 comments 0 trackbacks
  正月気分も冷めやらぬ、1月成人の日のある土曜日の早朝。花宿の改善センターには、花太夫、宮人、花株、集落の各役割の人間が集まってきた。花本番に備え支度である。
  まず花太夫により、うちきよめを行い、宮人は切り草の仕上げを、せんじ番は「けんちん」や酒の準備を、その他の役割の男手は、花宿のすべての準備に取り掛かり始めた。(私もお手伝いの一員として加わった。)

DSC_takitakatuji0003
DSC_takitakatuji0003 posted by (C)dankichi0423
(切り草 宮人が「びゃっけ」の五色の「けえだれ」を作る)

DSC_takitakatuji0005
DSC_takitakatuji0005 posted by (C)dankichi0423
(切り草 宮人が「びゃっけ」の五色の「けえだれ」を吊る)

DSC_takitakatuji0008
DSC_takitakatuji0008 posted by (C)dankichi0423
(切り草 完成した「びゃっけ」)

  宮人は、予め切っていた五色のけえだれを木枠に吊ってゆく。そして中心に蜂の巣を付けて四方には両御串を貼り付け、「びゃっけ」を仕上げた。
  一方他の役割の男達は、センターの扉を外して蔵へ運び込む。その他の荷物も同じく蔵へ運び込む。次に、入り口付近に鉄骨を組み上げテントを張り、風除けとした。そして、会所横に氏神仮宮を組み立てた。いずれも力仕事組立仕事。阿吽の呼吸が必要である。そして、杉の葉で飾り付けを行い、提灯を付け、注連縄を張った。
  ついで、舞庭の五方に丸太を立て、榊の大枝を立てた。そして、舞庭、会所、神座、神部屋に注連縄を張り、先日の切り草で切った「ざぜち」と紙垂を飾り付けた。外の氏神仮宮にもざぜちと紙垂を付けた。

DSC_takitakatuji0006
DSC_takitakatuji0006 posted by (C)dankichi0423
(せいと番は竈の釜を洗う)

  せいと番は、竃の釜をたわしで洗い、湯御幣と竃矛をそれぞれ立てた。

DSC_takitakatuji0011
DSC_takitakatuji0011 posted by (C)dankichi0423
(「びゃっけ」を吊り上げる)

DSC_takitakatuji0013
DSC_takitakatuji0013 posted by (C)dankichi0423
(祭具が飾り付けられた舞庭)

  最後に先ほど仕上がった「びゃっけ」を竃の上へ声を掛けあいながら吊り上げる。吊り上がった所で、五方に神道(かみみち)を中央から時計回りに黄色、青色、赤色、白色、黒色と吊り下げた。これで、舞庭の準備も完了し、いったん解散となった。
  午後2時前、花太夫、宮人、花株、集落の各役割が再び集合した。いよいよ花の神事の始まりである。
  初めに花太夫によりうちきよめが行われた。
  花太夫、宮人が集落の外れにある沢へ向かった。年によって、西方の「滝の沢」の不動明王石像の前、または東方の「下の前の沢」の不動明王石像の前で、滝祓いを行う。(私が記録した年は、西方の「滝の沢」の不動明王石像前であった)
  滝に注連を張り、紙垂を付ける。滝御幣、タトウ幣を立て、御酒壺(ごすつぼ)に神酒、切り皿に栗、カヤ。トコロ、ソバを三膳供える。

DSC_takitakatuji0014
DSC_takitakatuji0014 posted by (C)dankichi0423
(滝祓い 花太夫が印を結ぶ)

DSC_takitakatuji0015
DSC_takitakatuji0015 posted by (C)dankichi0423
(滝祓い 宮人が滝の水を迎える)

  薦を敷き、花太夫が座する。宮人は後ろに控える。塩三供、護身法、九字、五大尊の印を結び、禊祓、大祓の祝詞を唱える。次に花太夫は薦の上に立ち上がり、護身法、九字、五大尊の印を結び「水の印」を結び、「水天明王」と十三回唱える。五方に向かい神返しを唱え、餅を投げる。その後、宮人が滝の水を迎える。

DSC_takitakatuji0019
DSC_takitakatuji0019 posted by (C)dankichi0423
(高嶺祭り)

DSC_takitakatuji0026
DSC_takitakatuji0026 posted by (C)dankichi0423
(高嶺祭り)

  そして、改善センターの西側の山の神が祀ってある小高い丘へ向かい高嶺祭りを行った。
  四本の笹を二尺四方に立て、注連縄を張る。その内側に高嶺五天幣を五本立て献供物として、御酒壺(ごすつぼ)に神酒、切り皿に栗、カヤ。トコロ、ソバを五膳供える。
  薦を敷き、花太夫が座する。宮人は後ろに控える。立って東の方角に向かい塩三供、護身法、九字、五大尊の印を結ぶ。五方五印(太刀、格子、内獅子、外獅子、秘子)を結び、神文を唱える。次いで、内獅子の印を天・地・中と組み、神文を唱え右左右に旋回する。次いで五方の固めに入り、五大尊の印を結んで五方に向かい真言を唱える。最後に神返しを行い、宮人は餅投げをする。
  さて、神事の間に若い役4人はゆはぎを着て、八幡神社へ向かう。八幡神社では神事を行い、神官役により神輿にご神体を移す。神輿の担ぎ手二人、太鼓一人、笛一人で、神輿を先頭に、二拍子で、改善センターへ宮渡りを行う。(最も現在は距離があるので、近くまではトラックで移動する。)神輿が到着したら氏神仮宮へ鎮座する。なお、宮渡りが終わらないと辻固めは行われない。

DSC_takitakatuji0032
DSC_takitakatuji0032 posted by (C)dankichi0423
(辻固め 辻固め幣)

DSC_takitakatuji0033
DSC_takitakatuji0033 posted by (C)dankichi0423
(辻固め)

DSC_takitakatuji0040
DSC_takitakatuji0040 posted by (C)dankichi0423
(辻固め)

  宮渡りが行われると、改善センター当方の平地で辻固めが行われた。藁つとのついた竹を立て、そこに辻固め幣を立てる。半紙の上に献供物として、御酒壺(ごすつぼ)に神酒、切り皿に栗、カヤ。トコロ、ソバを五膳供える。
  薦を敷き、花太夫が座する。宮人は後ろに控える。立って東の方角に向かい塩三供、護身法、九字、五大尊の印を結ぶ。五方五印(太刀、格子、内獅子、外獅子、秘子)を結び、神文を唱える。次いで、内獅子の印を天・地・中と組み、神文を唱え右左右に旋回する。次いで五方の固めに入り、五大尊の印を結んで五方に向かい真言を唱える。最後に神返しを行い、宮人は餅投げをする。

DSC_takitakatuji0043
DSC_takitakatuji0043 posted by (C)dankichi0423
(氏神仮宮参拝)
  
  辻固めが終わると、花太夫、宮人は、氏神仮宮を参拝する。ここでいったん休憩に入る。午後3時半頃であった。
  下粟代の花は、現花太夫が、月の先々先代より諸法を学び伝承してきており、その神事は厳粛である。丁寧に神勧請され、悪しき神は封じる。これはこの後の神事でも感じられるものである。



※参考文献 東栄町誌 伝統芸能編
※この度の写真撮影、掲載に当たり、花太夫一野瀬三紀男様はじめ宮人さま達、下粟代花祭保存会長金田新也様はじめ花株の一野瀬忠義様、下粟代集落の皆様の特別なご許可、ご理解及びご協力を得て撮影、掲載いたしました。この場を借りて、篤く御礼申し上げます。

下粟代の花 うちきよめ 切り草
Tue.02.04.2013 Posted in 愛知県
0 comments 0 trackbacks
  下粟代では、正月松の内の土曜日に、切り草が行われる。切り草とは、花で用いられる、神勧請のための幣束、神の依代や祭場を構成する切り紙をいう。具体的には、「幣束」、「ざぜち」、「びゃっけ」、「神道(かみみち)」、「けえだれ」、「やつはし」、「ひいな」等である。切り草は、花宿となる改善センターで行われる。
  朝8時半、花太夫、宮人、そして花を取り仕切る花株が改善センターに集まる。

DSC_kirikusa0004
DSC_kirikusa0004 posted by (C)dankichi0423
(うちきよめ 大祓の祝詞)

DSC_kirikusa0008
DSC_kirikusa0008 posted by (C)dankichi0423
(うちきよめ 清めの水を撒く)

  切り草に先だって、花太夫、宮人は神部屋に集まりうちきよめを行う。塩三供、洗米、そして清め手桶に清めの水をいれたもの、榊の小枝を用意する。花太夫は、神棚に二礼二拍手一拝のあと、護身法・九字・五大尊の印を結び、宮人と共に大祓の祝詞を唱える。その後花太夫は手桶と榊を手に採り、唱えごとをしながら、清めの水を撒いて歩く。神部屋→神座→天(あま)→ダイドコ→せんじ→竃→舞庭→氏神仮宮が置かれる場所の順である。

DSC_kirikusa0010
DSC_kirikusa0010 posted by (C)dankichi0423
(切り草 厳粛な雰囲気の中行われる)  

  うちきよめが終わると、一室に花太夫、宮人が座して、切り草が始められる。花太夫は、神勧請のための幣束類を、宮人はざぜちや花の舞の花笠、びゃっけに用いる、けえだれ、みくし、やつはしなどをそれぞれが切る。宮人は代々切る切り草が決まって受け継がれ、専売特許である。
  切り草が始まると、部屋は厳粛な雰囲気となり、息をするのも憚られる雰囲気である。

DSC_kirikusa0015
DSC_kirikusa0015 posted by (C)dankichi0423
(切り草 手控を元にそれぞれの幣束を切る 五十余年の経験のなせる業)

  花太夫は、手控の帳面を見ながら、幣束の一つ一つをスッスッと鮮やかに切ってゆく。型紙などない。長年の経験のなせる業である。小刀一本で、切る、折る、といった造作を行うのである。一通りの幣束を切った後、竹を適当な長さで切り、小刀で切り目を入れて、幣束を作ってゆく。

DSC_kirikusa0041
DSC_kirikusa0041 posted by (C)dankichi0423
(切り草 花の根本である大御幣を作られる)

DSC_kirikusa0043
DSC_kirikusa0043 posted by (C)dankichi0423
(切り草 花の根本である大御幣を神部屋の神棚に飾る)

DSC_kirikusa0044
DSC_kirikusa0044 posted by (C)dankichi0423
(切り草 神棚の大御幣)

  まずは、大御幣という花の根本となる幣束を作り、出来上がったら、神部屋の神棚に立て掛けた。

DSC_kirikusa0047
DSC_kirikusa0047 posted by (C)dankichi0423
(切り草 辻固め幣を切って、折りあげる 繊細な造作)

  その後は、祓幣、滝幣、高嶺五天幣、辻固め幣、荒神弊・・・と作っていった。

  「ちょっと休もうか。」花太夫の一声で、私はせんじにいた花株さんに声を掛けて、お茶、お酒、灰皿を用意して部屋にお持ちした。緊張の糸が少しほぐれる一瞬だった。

DSC_kirikusa0055
DSC_kirikusa0055 posted by (C)dankichi0423
(切り草 「みくし」を型紙に従って切る)

DSC_kirikusa0061
DSC_kirikusa0061 posted by (C)dankichi0423
(切り草 「みくし」を折る 繊細な作業)


  再び、作業が始まった。「シモ」(屋号)の宮人さんは、「びゃっけ」やヤチ、剣の柄に用いる「片みくし」、「両みくし」、「御一力幣」を切られていた。みくしは、切り込みを入れて、折り目を幾重にも入れる。繊細な作業を淡々と行われていた。また、御一力幣は、金・銀の特殊な紙を用いる、一枚一枚慎重に切られていた。

DSC_kirikusa0073
DSC_kirikusa0073 posted by (C)dankichi0423
(切り草 「ざぜち」を切る)

DSC_kirikusa0072
DSC_kirikusa0072 posted by (C)dankichi0423
(切り草 「ざぜち」を切る 鳥居の紙垂はゆれているような繊細な表現)

DSC_kirikusa0085
DSC_kirikusa0085 posted by (C)dankichi0423
(切り草 「ひいな」を折る。最も神経の使う作業)

  「ササバシ」の宮人さんは、「ざぜち」と「びゃっけ」に用いる「ひいな」を切られていた。「ざぜち」は、何枚にも重ねた半紙に、型紙で下書きをして、切ってゆく。「日月」、「宮」、「五大尊」など七種類、それぞれ細かい個所も、大胆かつ繊細に切られていた。七種類全て切り終わると、「ひいな」である。「ひいな」は、最も繊細な切り草である。何か所も細く切り、折り目を入れてゆかねばならないのだ。「ササバシ」の宮人さんは、息を殺して、「ひいな」の切り草を行っていた。

DSC_kirikusa0089
DSC_kirikusa0089 posted by (C)dankichi0423
(切り草 花笠の花を切る)

DSC_kirikusa0102
DSC_kirikusa0102 posted by (C)dankichi0423
(切り草 剣の柄に「みくし」を巻き付ける)

DSC_kirikusa0112
DSC_kirikusa0112 posted by (C)dankichi0423
(切り草 割り竹で花笠の笠を作る)

DSC_kirikusa0116
DSC_kirikusa0116 posted by (C)dankichi0423
(切り草 耳掛けを付け花笠の笠を仕上げる)


DSC_kirikusa0117
DSC_kirikusa0117 posted by (C)dankichi0423
(切り草 二個目の花笠を作る 手前には仕上がった花笠が) 

  「ウエヒガシ」の宮人さんは、花の舞の花笠作り、ヤチ、剣の柄巻き及び紙垂付けを行われた。まず、五色の紙を重ねて、花を二つ切った、そしてそこに付ける紙垂を切った。そして、花を切った残りの紙で、小さな紙垂を作った。「『シモ』さん、できた?」ときいて「みくし」をとり、まずは剣四本にそれぞれ巻きつけた。次いで、ヤチ四本にも巻き付け、最後に切先に小さな紙垂を付けた。
  そして再び花笠作りである。まず、縄を綯い始めた。そしてそこに赤、青、白の紙を巻き付けた。次に竹を四つに割って、竹ひご状にして、輪っかを作り、そこに笠になるよう二本交差させる。そして、さっきの縄を耳掛けにして巻いてゆく。その過程で、輪っかにも縄を巻いてゆき、頭が被れるようにする。そうして最後に白い紙テープを巻き付けてやっと一個できたのが、夕方であった。

  外も暗くなってきた頃、「みなさんどうですか?今日はここまでとしますか?」と花太夫さんの声がかかり、切り草は終了となった。後できなかった部分は、花当日までに、めいめいの宮人さんが、自宅で切り草を行うのである。
  切り草というのは、一見祭具の準備とみるのは簡単だが、一つ一つが神様へ捧げるものである。大変神聖で厳粛な神事の一つであると確信した。



※この度の写真撮影、掲載に当たり、花太夫一野瀬三紀男様はじめ宮人さま達、下粟代花祭保存会長金田新也様はじめ花株の一野瀬忠義様の特別なご許可、ご理解及びご協力を得て撮影、掲載いたしました。この場を借りて、篤く御礼申し上げます。

« PREV PAGE NEXT PAGE »

topBack to TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。